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盛岡劇場前は

メインホールのみならず、

タウンホールや

ミニホール、

音楽練習室、

和室、

会議室等々の利用者の皆さんで

ごった返していた。

職員と合わせると

その数

百名近く。


特別ゲストの

タヒチアンダンサーズの

先生方、

お弟子さん方達も

更衣室で

着替えのまっただ中だったらしい。

早め来ていただいたのに、

すみません!!


そして、

リッキーさん、

味方さんが

到着。

盛岡駅に着き、

ホテルにチェックインした

直後の

地震だったらしい。

リッキーさんは

相変わらずマイペース。

味方さんは

顔面蒼白だ。




神戸後援会長の

Y様から

「地震警報です」と

メールが。

その後は

受信不可能。

通話も当然不可能となった。




次々と襲って来る

余震。

もりげき周辺の

建物が

激しく揺れている。


間もなく、

市議会会期中だった

私の盟友、

千葉長進先生が

防災服に着替えて

やって来た。



15分程

もりげき正面入口前で

待機した後、

おそるおそる

劇場内ロビーに

みんなで戻り、

それより奥と

地下や

2階より上は

立ち入り禁止エリアに。



盛岡劇場は

河南公民館も

兼ねているので、

災害用の予備電力はある。

ラジオに耳を傾けてみる。


事態の深刻さが

徐々に伝わって来る。


齋藤先生のワンセグからは

仙台の惨状が

伝えられていた。

「先生、お母様大丈夫ですかね?」





劇場職員から

本日開催予定の

全ての行事を

中止する

決定がなされた。


東林寺様、

太田代リーダー、

私で

緊急会議。

本日のロックフェスは

振替日未定の「延期」

という事に

決定させてもらう。




過去の災害時にも

冷静な対応で

切り盛りしてきた

みちプロU事業本部長には

公衆電話から

難なく電話がつながった。

さすがだ。

取りあえず

明日の会場である

矢巾町役場へ

向かうとの事。


徐々に西日が射して来た。

外は

寒風が吹き荒む。


外は異様な静寂に包まれていた。

かすかに

消防車の

サイレンの音だけが

聞こえる。


路線バスが

斜めに立ち往生している。


信号機は全て

ストップ。


交差点は

車がお互い譲り合いながら

事故無く

走行していた。


そうか、

車の中なら、

ラジオやテレビもあるし、

暖房もある。

避難場所の

一つの手段としては

有りかな?