昔からね、なんだかへんだなぁって思ってたの
こんなすごい人が友達なんだよー、とか、
実はこういう芸能人と友達なんだー、とか
誰と知り合いだろうが、
誰と友達だろうが、
向こうには私は その他大勢のひとり かもしれないし、
それに何より、
誰と友達か で、その人の真価など決まらない
自分の価値・自分という人間はどこまでも自分の内側にしかなく、
相対ではなく絶対だ
だけどきっと友達価値依存のような意識があるひとは、
自分の周囲にどんなすごい人がいるかどうかを人間の上下を計る基準にしているんだろうな
そう、
上下
無意識に人間を選別している
FACEBOOK、
それは、友達の数 がわかりやすく数値化されているツール
途方もない数の 友達 がいる人を見ると、
この人、友達少ないんだろうな って思ってしまうんだ
逆にリアルな数の人数を友達承認している人を見ると、
この人はまっとうな人だ、と思う
この人とつきあっていきたいな、って
関係依存 になってない?
人は生きていくために誰かと関係してくものだけど、
今は多くの人が、
“ 関係するために生きている ”、
そういう矛盾、いや、
苦悩、を感じてしまうんだ
「私ね、○○さんと仲良いの!」
で、
あなた自身は誰?