11:02、
東京ではサイレンは鳴らない
上京して初めての夏の今日、私はショックだった
サイレンが鳴らないということに
サイレンと同時に黙祷をしようと起立して待機していた私は、
11時2分を数分過ぎたのちにそのことにようやく気づいたのだ
トウキョウは長崎の原爆の日に無関心だった
8月9日、
長崎では県下すべての学校(小・中・高)は登校日だ
久々に会う学友の陽に焼けた顔に驚いたりふざけあったりした朝のあと、
全校集会が開かれる体育館に集合する頃には子どもとて厳かな気持ちになっている
被爆者の語りを聴き、そのときを待つ
11:02、
長崎の街は大きな大きなサイレンが鳴り響く
広い体育館は祈りに満ちる
その一分間は他のどんな音もが消えて、
街が緘黙する
きっとあの年のその瞬間がそうであったように
3000度とも4000度ともいわれる熱風で焼かれた人々
「水を…」「水を…」
焼け焦げた体で水を求めた
熱線は建物を溶かした
長崎は甚大な数値の放射能で覆われた
人々は「 放射能 」という言葉すら知らなかった
水を求めて這いずり入ったその川の水は放射能水だっただろう
生き残った人々は、一カ月後に髪が全部抜け落ちたという
トウキョウではサイレンは鳴らない
私たち長崎人が東京人に対して常に持つ関心や興味
逆もまたしかりだと思っていた
東京の人たちも長崎の人のことに関心を持ってくれていると思っていた
トウキョウではサイレンは鳴らない
起立して黙祷する人はいない