その頃、有沙もまた以前の日常に戻っていた。ある夜、一人暮らしをしている姉の麻衣から電話がきた。
「そういえば、最近は例の彼とは会っているの?」
有沙の誕生日に合わせて、きっとどこかに行っただろう。そう見込んでいた麻衣にとって、有沙からの返事は意外なものであった。
「ううん、最近は全く連絡取ってないの。」
そう答えると、まるで後からふつふつと沸いてきたような太一への不満を、何でも相談できる姉に思い切りぶつ出した。
「だって聞いてくれない?私はアイツの誕生日を祝ってあげたのに、アイツは私の誕生日に何もしてくれなかったんだよ!少しは私に気があるのかなって期待させといて、信じられない!」
太一への怒りを一気に吐き出すと、その刹那、一度だけ行ったことのある太一の部屋のことを思い出した。太一の部屋には、以前に彼女がいたような形跡が一切なかった。テーマパークでのお土産といったものはともかく、クローバーのことが気がかりになった。しかし、今更こっちから連絡するなんて…。
「どうしたの、有沙。何か気になることでもあるの?」
「あ、ううん、何でもないよ!」
そう取り繕うと、また別の話題に移っていった。
クリスマスも目前に迫ったある日、太一はクローバーを連れて、甲府出張に出かけていた。両親が海外旅行で自宅を離れていたため、クローバーを残していくわけにいかなかったからだ。皮肉にも、出張先の甲府は、有沙が住んでいる街であった。有沙とあの日以来連絡が取れない辛さと、クローバーを会わせられない寂しさを抱えつつ、業務そのものは順調にこなしていった。
土曜日、甲府では雪が積もり、初めて見る雪景色にクローバーは興奮していた。特に用事もなかった太一は、クローバーを連れて散歩に出かけることにした。
雪はそれほど降ってはいなかったが、外は思いのほか寒かった。途中のコンビニで肉まんとホットミルクティーを買い、クローバーにも少し分けて食べさせた。
適当な広場に着くと、先ほどのペットボトルを使ってクローバーと遊び始めた。クローバーは投げられたボールを取りに行くのが大好きであった。ボールがないので、ペットボトルを代用して遊ぶことにしたのである。太一がペットボトルを投げると、クローバーはいつものように勢いよく飛びついた。
『雪はもう降っていないとはいえ、この寒さなのに、クローバーは元気だなぁ。』
しかし、次第にクローバーの様子が変わってきた。ペットボトルを投げても鈍い反応しか示さなくなってきたのだ。そして、ペットボトルのそばでうずくまると、とうとうそこから動かなくなってしまった。
明らかに様子がおかしいクローバーのもとにかけよると、クローバーが体を震わせているようにも見えた。
「どうした、疲れたのかな?…もしかしたら、風邪でも引いたのか?」
話しかける太一にも、クローバーは動きをほとんど示さなかった。
心配した太一は、ペットボトルを公園のごみ箱に捨てると、クローバーを連れて急いで宿に戻った。
太一の期待とは裏腹に、宿に戻ってからも、クローバーの様子は回復に向かっている気配はなかった。そのため、クローバーを動物病院へ連れて行こうと太一は考えた。しかし、1つ問題があった。
「俺、この時間に開いている甲府の動物病院知らないよ…。」
この問題を解決するために、真っ先に思い浮かんだのは、有沙を頼ることであった。しかし、それは太一にはできなかった。
『怒っている彼女と仲直りするためには、相手が静まるまで待つべし』
と、愛読の恋愛指南書にあったからである。そこで、まずは合コン仲間の慎吾と雅昭に連絡を取ってみることにした。ペットも飼っている物知り博士の2人なら、何か情報を持っているだろうと太一見込んでいた。
ところが、何度電話を掛けても、2人とも連絡がつかなかった。それもそのはずであった。慎吾は別の合コンですでに相当酔っており、雅昭は携帯を忘れてジムに出かけていたのである。
太一は2人に連絡を取るのを諦め、携帯サイトから情報を集め始めた。しかし、見つかるのは今日は開いていないところや、同じ甲府市内でも、現在地からかなり離れたところにあるところばかりであった。
情報収集に必死になっていたところに、クローバーの様子が再び目に入ってきた。時計を見ると、あれから相当に時間が経過していた。だが、クローバーは相変わらず小刻みに体を震わせており、むしろ悪化しているのではないかと太一には思えた。
有沙の電話番号を開いた携帯を片手に、太一は判断に迷った。
『これ以上は自力で調べても、いたずらに時間が過ぎていくだけだ。しかし、今の状況で有沙ちゃんに連絡を取るわけには…。』
クローバーの様子と指南書の文章が、太一の頭の中をリピートしていった。フラッシュのように両者は繰り返し、太一は決断した。
「ええい、クローバーも守れないような男が、有沙ちゃんに会う資格なんてないだろうが!」
腹をくくった太一は、有沙の携帯番号を発信した。