まずは「大輔に昔を思い出させるため」として、若菜は美咲にカギの写真を出来るだけ鮮明に送ってもらい、2つを比べてみることにした。まもなく、美咲からカギの写真が添付ファイルで送られてきた。すると、両者を比べれば比べるほど、2つが同じカギに見えてきた。


若菜が夢中になって2つを見比べていると、和輝が隣から覗き込んできた。


「珍しいな、それ。そのカギだかキーホルダーがどうかしたんかい?」


和輝が尋ねると、若菜は今回の案件を簡潔に伝え、このカギが持つ意味を話した。若菜は、せっかくなので、和輝にもこのカギを見比べてもらおうとした。


「ああ、この2つは間違いなく同じカギだね。多分、こっちの写真はコピーで、キーケースのほうはオリジナルキーだね。」


ちょっとだけ見ると、和輝は若菜にきっぱりと断言した。若菜にも分かりやすく、和輝はネットやフリーソフトを使って説明した。


「確か、コピーを作ってお互いに1本ずつ持っているっていう話だったね。この2本のカギは、ほぼ形状が一致している。んでもって、写真のカギには典型的なコピーキーの刻印がある。逆にこっちにはそういった刻印がないし、話の内容、消去法でも、こっちはオリジナルキーってわけさ。」


若菜の次の一手が決まった。長く険しかった中間のチェックポイントに、ようやくたどり着いた手応えを、若菜は確かに掴みとった。


その頃、大輔は祐実とボーリングでデート中であった。


何ゲームか楽しんだ後、カフェに入ると、話題は自然とクリスマスのこととなった。


「ねぇ、クリスマスはどうする?」


「ああ、土曜日だし、どこかに出掛けて、食事にでも行こうか?」


クリスマスの予定を2人で立てつつ、頭の中では別のことも大輔は考えていた。


『去年はクリスマスで失敗したし、今年はしっかりしないとな。あいつ、今年のクリスマスはどうするんだろう…。って、何を考えているんだ、オレは。大事な祐実とのデートに集中しないと。』


やがて、クリスマスでの行き先を決め、祐実をアパートまで送ると、大輔も部屋に戻ることにした。その帰り道、何気なく後ろポケットに手を入れると、キーケースが無いことに気がついた。


ボーリング場とカフェに戻ってカギがないか尋ねてみたが、まだ届けられていないということであった。


大輔は仕方なく、三鷹病院にも足を運ぶことにした。


双葉先生には会わないようにしないと。捕まったら話が長くなってしまう…。そう考えながら受付で落とし物の確認を頼んだ。


「ありましたね。今日の11時に届けられていますね。あ、でも現物はここにはないですね。3階の双葉先生が保管されています。」


受付がそう答えると、大輔は重い足取りで受け取りに診察室を訪ねた。やれやれ、よりによって今2番目に会わない方がいい相手に、わざわざ会いにいかなくてはならないとは…。


ミーティングルームをノックし、中に入ると、若菜が納品業者との電話中であった。


若菜が電話を終えると、大輔は淡々と用件を若菜に話した。


「先生が拾われた僕のキーケース、受け取りにきました。」


若菜はワタワタと踏み台を持ち出し、棚から大輔のキーケースを取り出すと、大輔にそれを渡した。


「どうもありがとう、それではこれで。」


礼を言い、大輔がその場を静かに立ち去ろうとした時であった。全力で大輔を引き止めるかのように、若菜が叫んだ。


「待ってください!1つ…聞いても良いですか?」


若菜の声をそのまま無視することも大輔はできた。しかし、今回の借りもあり、そこで足を止めることにした。


「ここへきた本当の理由は、そのクローバーのカギを取り戻すためじゃないんですか?数少ない、もしかしたら、唯一残した、美咲との思い出だから…。」


「どうして…先生がそのカギのことを…。」


若菜が尋ねると、大輔の顔色が明らかに変わった。今まで、誰にもその秘密に気付かれない自信があったからだ。


「この間、全く同じカギを美咲さんもバッグにつけていた。そのカギと今大輔さんが持っているカギを照合してみました。そしたら、お互いのカギの形状が一致しました。美咲さんが持っているのはコピーキー、だから、そのカギこそが、美咲さんが持っていたもののオリジナルキーですね。」


大輔は沈黙を続けた。しかし、いつものような淡々とした様子ではなく、若菜に突きつけられた真実への動揺をごまかすためのようであった。


「大輔さん、あなたもまだ、あの時から時間が止まったままでいる。そのことに自分自身で気づいている。止まった時計を動かすために、あと一度だけ、美咲さんに会ってあげて下さい…!」


大輔は押し黙ったままであった。何かに迷い、そして何かにためらっているようであった。


やがて、重い口を大輔は開いた。


「今度の金曜日…吉祥寺駅北口の広場で9時に待っていると伝えてください。それが、本当に最後です。もし、だめでしたら、それさえもかなわない運命だったと思ってください…。では、これで…。」


そう言い残し、大輔は部屋を出ていった。