翌週、大輔との面談結果を美咲に伝えた。最初、若菜は「大輔は『今、彼女がいるから会うべきではない』と言っていた。」とだけ伝え、大輔のあの言葉を美咲には隠した。彼女がショックを受けて立ち直れなくなるのを恐れたからである。

 

若菜から報告を受け、美咲はしばらく黙っていた。そして、若菜に1つ尋ねてきた。

 

「先生、まだ何か大輔さんから伝えられていませんか?」

 

若菜はギクッとした。だが、美咲が知れば間違いなくショックが大きすぎる。若菜は特に何も無かった、ただ「会うべきではない」と言っていた、とだけ美咲に答えた。

 

美咲は再び沈黙した。しばらく考え込むと、美咲はまた違う質問を若菜にした。

 

「私との思い出について、大輔さん、何か言っていませんでした?」

 

若菜は観念し、美咲に続きを話し始めた。話の結末も美咲には分かっているようであり、それを受け止める覚悟もあるようだったからだ。

 

若菜が話し終えると、流石に美咲もショックを隠しきれなかった。

 

「そうでしたか…。私と付き合う前にも、大輔さん、前の恋人の思い出を全部捨てていて…。彼にとって、私はもう思い出にもいないんだ…。」

 

あまりにも不憫な美咲の様子を見かね、若菜はつい、語気を強めに美咲に主張した。

 

「美咲さん、辛いでしょうが、忘れてしまいましょうよ…。酷すぎますよ!一度は愛したはずの女性に、そんな冷たく言い放つなんて!!」

 

すると、美咲はすぐさま首を横に振った。

 

「ダメなんです!私も、大輔さんを忘れたくて、写真を捨てたり、新しい恋を探したりしました…。でも、どうしても優しかった彼の残像が吹っ切れなかった…。彼との思い出を精算しないと、私、前に進めないんです!」

 

2人は沈黙した。同じ女性として、若菜も美咲の気持ちは痛いほどよく分かっている。でも、大輔のあの様子では、ただ美咲が苦しむだけではないだろうか…。

 

その時、若菜は美咲のバッグについているものが気になり出した。

 

気になったのはバッグについているカギ状のキーホルダーと思われるものであった。もちろん、良く見かけるタイプであれば、それだけならばさほど気にならなかった。

しかし、持ち手の部分は四葉のクローバーをイメージさせるようなエメラルドグリーン、差し込む方はゴールド、何か目的があって手に入れたものに若菜には思えた。

 

「美咲さん、そのキーホルダー、どこで買ったんですか?」

 

若菜がそう尋ねると、今まで沈んでいた美咲の表情がパッと明るくなった。

 

「これですか!?実はキーホルダーじゃなくて、ホンモノのカギなんですよ!コピーキーですけど。」

 

美咲はそのまま、このカギにまつわるエピソードを若菜に語り出した。

 

「ヴィーナス・ブリッジってご存じですか、先生?そこにカギをかけて遠くへ投げると、その2人は永遠に結ばれるって言われているんです。去年の9月、大輔さんとそこへ行ってきたんですよ!その時、カギをかけることにばかり意識がいっていて、それだけですっかり興奮しちゃって、カギを投げ忘れていたんです。それならば記念にと、もう一本カギを作って、お互いに持つことにしたいんです。」

 

そこまで話した時、再び美咲の表情が曇った。

 

「あの時、ちゃんとカギを投げていれば、まだあの頃の2人でいられたかもなぁ…。あの時はあんなにお互いに愛し合っていたのに…。今となっては、このカギだけが大輔さんとの愛しあっていた証だなんて…。運命って、残酷なものですね…。」

 

美咲のその様子に、若菜は改めて決意した。美咲の新しい一歩のために、出来ることは全てしてみよう、と。

 

翌日、若菜はあのホームセンターに足を運んだ。

 

「こんにちは、少しだけ良いですか?」

 

話しかけたのは、熱帯魚コーナーの店員であった。

 

「はい!どうされましたか?」

 

笑顔で応対する青年に、若菜は周囲の様子を伺い、小声で話し出した。

 

「すみません、松田大輔さんのことについて少し教えてもらえませんか?」

 

若菜がそう切り出すと、青年は困った様子であった。

 

「いやぁ、そういった個人情報はちょっと…。」

 

青年に上手く断られ、若菜は切り口を変えて話を伝え始めた。

 

「そうですよね。では、もし松田さんをご存じでしたら伝えて下さい。『本当に、たった一度、少しの時間だけで構いません。あの人に会ってあげて下さい。』と。」

若菜がここまでこの店員に話せたのには理由があった。若菜が前に2回ここへ来たとき、担当は2度ともこの青年であった。それに、最初の時に2人が名前で親しく話していたのを、若菜ははっきりと覚えていた。

 

若菜のヨミが当たったのか、次の土曜日、総合受付の待合室に大輔の姿があった。

 

「あ、松田さん。お久しぶりです。今日はどうされましたか?」

 

若菜の期待はバルーンのように膨らんでいった。

 

『美咲さんとのアポイントを取り付けてくれませんか?』

 

その言葉を、若菜は今か今かと待ちわびた。

 

「ええ、今日は予防接種を受けに。」

 

え、それだけ!?期待外れの展開に、若菜は思わず拍子抜けした。

 

「あの…他にも何か用件はないですか?私のお願いした件とか…。」

 

若菜がそう言うと、大輔が思い出したかのように、話を続けた。

 

「そういえば、先生にもお話ししたいことがありましたね。」

 

きたー、待ってました!若菜の期待は最高潮に達した。そんな若菜に、大輔は続きを話し始めた。

 

「先生、困りますよ…。あまり僕の周りで美咲さんの話をされるのは。今の彼女を僕は大事にしたい、余計な心配はかけたくないんですよ。」

 

結局、期待は期待外れに終わってしまった。若菜が言い返そうとした時、大輔は診察室に呼ばれ、その場を後にしてしまった。

 

もう…美咲が自力で現実を乗り越えて、新しい恋を探してもらうしかないのか…。

『諦め』の二文字が脳裏をかすめた、その時であった、大輔がキーケースを落としているのに気づいた。

 

それを手に取ると、若菜は大輔に渡しにいこうとした。その時、キーケースから思いもよらないものが見つかった。それは、この間美咲がバッグにつけていたのと全く同じカギであった。

しかし、美咲さんとの思い出は全て処分したと、大輔は確かに言ったはず、これは一体どういうことなのか…。