土曜日、風がやや強かったものの、天気は快晴であった。赤と白の灯台が建つ海岸の防波堤に若菜はたたずんでいた。人を待っていたのである。まもなく、真理江に連れられて歩美がそこへ現れた。
「病院じゃなくて、こんなところに呼び出すなんて、どういうつもりかしら、先生?」
俊彦に予定をキャンセルされただけではなく、それと入れ違いにここへ呼び出された歩美は、苛立ちを見せながら若菜に問いかけた。若菜はそれを受け流すように逆に歩美に尋ねた。
「あなたは最初の集中対応の時に私に言ったわね、『歩美さんと俊彦さんの愛は本物だ』って。」
「当然でしょ…今の彼の心はあの女じゃなくて、私にあるのだから!」
そう断言した歩美の言葉など聞こえていないかのように、若菜は再び問いかけた。
「そういえば、今日は俊彦さんとは会わないの?」
「『何だかんだ言っても土日には会えてないんでしょう』と言いたいのね。でも、それは見当違いよ。月に1度は必ず彼と過ごしているわ。今日はたまたま彼に予定が入っていただけ。来週にはまた一緒に過ごせるのよ。他に用件がないなら、私、もう帰ってもいいかしら?」
敵意を剥き出しにして歩美は若菜に食って掛かかった。そんな歩美を若菜は衝撃的な言葉を告げた。
「彼、もうすぐここに来るわよ。」
歩美はキョトンとした。俊彦がこんな場所に現れる相応な理由が見当たらなかったからだ。
「はぁ、何言っているの?俊彦さんが何故こんなところに来るって…」
「俊彦さん、どうしてこんなところに…!」
「歩美こそ、なんでここに…。」
戸惑う二人に追い打ちをかけるように、若菜が事の真相を語り出した。
「私が呼び出したのよ、あともう1人もね。」
すると、歩美が来た方向から足音がした。やがて現れた人物も、この展開のカギを握る者であった。
「あなた…。」
現実を目の当たりにし、力無くそう言うだけで、その時の洋子には精一杯であった。
「双葉先生、これは一体どういうことなんだ!」
困惑する俊彦に対し、若菜は真実を語り始めた。
「残念だったわね。私があなたに近づいた本当の理由は、歩美さんとの恋愛の脆さをはっきり示すためよ。事前に相談に訪れたとき、奥様はあなたの不倫に感づいていた。けれど、あなたを取り戻したいって言ってたわ。本当は…こんな手段は使いたくなかった。それでも、相当深いところまできてしまったこの恋愛を止める可能性を見出すためにはもう、これしかなかった…。」
若菜が話し終えると、辺りは沈黙に包まれた。防波堤に打ち寄せる波や海から吹きつける浜風は、そこにいたすべての人間の心境を表しているかのようであった。若菜は4人のほうを向き、重い空気を破った。
「真理江さん、私にできることはここまでです…。歩美さん、洋子さん、俊彦さん、ここから先はあなた方3人の未来です。自分たちで決断をしてください。」
サイは投げられた。残された気力を振り絞るかのように、自らの偽りのない心情を、洋子は俊彦に訴えた。
すると、歩美もすかさず切り替えした。
「はぁ、あなたのほうこそ、何勝手なこと言っているのかしら?あなたが俊彦さんのことをちゃんと考えてあげられなかった結果でしょ?ちょうど良い機会だわ。あたしを選んで、俊彦さん!今回は恋愛のプロが相手だったから騙されてしまったけど、私たちの愛こそが真実ということは変わらない。この女に、最後通告を突きつけるのよ!!」
2人の声は俊彦に半分は聞こえ、半分は聞こえていなかった。試されたことに対する怒りや、手玉に取られた屈辱感で俊彦の頭は堂々巡りをしていた。右手を強く握り締めたまま、震えが止まらない状態であった。
『俺を…この俺を試したって言うのか…。俺は…試されるのが一番嫌いなんだ…!!』
怒りの矛先はまず若菜に、続けて、洋子に向けられた。目の前が真っ白になり、何も視界に入ってこない心理状態であった。そんな中、まず目に飛び込んできたのは、歩美の力強く凛とした姿であった。
そうだ、俺の人生は俺の人生で、1回きりしかないんだ。これから先、自分にとってより良い人生にしていくために何を決断すれば良いか、答えはもうあるじゃないか…。
憤りを抑え、2人に背を向けつつ俊彦は話し出した。
「俺は…」
俊彦がそう口にしたときであった、遠くから甲高い声が響いてきた