自分はこれまでに、老若男女問わず…実に多種多様な人格者と、様々な形で関わりを持ってきました。
中でもここ数年、最も自分自身が驚嘆・驚愕している事があります。
それは、国営放送のニュースなどでも毎年話題にあがり、日本全国/津々浦々で起こっている事案であり、またある意味[風物詩]的な感覚さえある事案でもあります。
なぜ昨今の若者には、あそこまで成人としての自覚や責任感、協調性皆無とも言うべき至極稚拙で、かつ短絡的/端的な言動しか執れないのか・・・・どう考えても理解できません。
かと思えば、子供を人間としてではなく、己にとって都合のいい/体のいい「(遊び)道具」程度しか考えていない、子供を持つ親としての正当性/正統性のある、当たり前の言動が当たり前にできない若い親があまりにも多すぎると想います。
他にも、一時は水面下のみでの事案であった筈の「イジメ(を苦にしての自殺)」関連報道も、またちらほら見かける様になりましたが、これもまた、自分自身の表現が上手くできない/表現が苦手な若年者にまつわるものが、その大半を占めている様に想いますし、言うまでもなく、その元凶は、そういう若年者(被害者)にとって気兼ねなく相談できる人格者の友人・知人が当人の周囲に居ない事や、周辺(住)環境の劣悪さによるもので、ひいては、基本的に周囲(居住地等)の物事に関して、「無関心に徹しよう」「対岸の火事にしてしまおう」等といった己が被る被害を極力回避する思考ばかりが先行、元来執られるべき正当性/正統性ある言動すら起こせない・全否定されかねない程の閉鎖的/排他的人格者が大多数を占めているからではないかと考えます。
自分自身、幼少期(幼稚園~中学卒業まで)には、学校行けばイジメのターゲット…家に帰れば酒癖の悪い実父から何かにつけて暴力(DV)を受け続けた結果、自己の形成に少なからず支障(脳機能障害)を来たし、元来体得すべきだった人間性を体得し始めたのは高校卒業後・・・・勿論、今も終わって(結論出て)ません。
そういう経験を持つ自分自身が、最も重要視するもの。
それは、個人の人間性/いち人格者としての品格・品性であり、逆に、自分自身が度外視しているものや、嫌悪している/嫌悪感を抱く(抱きやすい)視野や価値観などを持った人格者は、ハナから相手にしません。
したくありませんし、相手するだけ時間の無駄/徒労でしかありません。
自分の最終目標は、あくまでも「他の誰よりも人間らしい、誰の真似でもない、自分らしい生涯を全うする事」ですから。
