前書き
これは僕の意見として『理想』酷いです。
1 夢そして遭遇
ドイツ・ミュンヒェン 六月十七日
六時AM。iPhoneの目覚ましのけたたましい音が成り、神門城貴(かんどしろき)はバッと掛け布団を撥ね除けた。パジャマ代わりにしている袖無しは汗ばんで、少年の体にへばりついていた。城貴は目を見開いて、何度も深呼吸をした。それからやっとiPhoneを掴んで、目覚ましを消した。少年の部屋にはまた先ほどと同じ様な静けさが訪れた。ただ机に置かれたパソコンの充電器が微かに聞こえるばかりだった。
「夢か……」
城貴は呟いた。そうだ夢に違いない。もう彼女は死んでしまったのだから。
袖無しを脱ぎながら彼は部屋に付いているバスルームに向かった。シャワー用の個室に入り、蛇口を捻る。冷水が裸の背中に掛かる。冷たいが気持ちいい。城貴は前を向いて、真っ正面から冷水を浴びた。朝は冷水のシャワーに限ると城貴は思った。
シャワー室を少し開けて、右手でバスタオルを取り、個室の中で体を拭く。完全に水滴が体から取れた事を確認した城貴は爪先で鏡の前に立った。
白く染めた髪とを昨日用意しておいたタオルできちんと拭く。城貴はドライヤーが嫌いだ。あの生温い風が髪に吹き付ける感触は気持ち悪くてしかたがない。それに体を拭いたタオルで顔や髪を撫で回すのも不潔に感じる。
自分の顔を鏡で少し眺めた後、城貴は横に掛けてあったパンツと白いワイシャツを着て、襟をピチと伸ばす。そしてまたもや白いズボンを履いた。
城貴は白い物が好きだった。部屋の調度品も全て白で、クローゼットを開けても白い服しばかりだった
そして髪を染め始めたの丁度は一月前。父がドイツに住む事を決めた後、日本を発つ直前髪を染めてもらったのだ。
冷たいため息を付いて少年はバスルームを出た。
片付かれた部屋には白く塗装とされた机、クローゼットにベッド。モノカラーに纏まれたせいか、調度品が少ないせいか、城貴の部屋は非常に殺風景で寂しかった。
城貴はアップル社のマックが入っているパソコンバックを右肩に掛けて、居間に下りて行った。
「今日は普通より二分三十秒ほど遅い」
コヒーを注ぎながら少年の父が呟いた。
城貴は父を無視して、テーブルに座った。父が焼いたパンにバターを塗り付け、牛乳を飲む。
「また母さんの事を見たのか?」
父の言葉に少年はやっと父の存在に気づいた様に顔を上げた。
「嗚呼。……二分三十秒遅れただけで分かったのか?」
目を細めて城貴は尋ねた。
「いや、お前の叫び声が夜中に聞こえた」
「昨日は何時まで働いていたんだ?」
今夜からドアを閉めて寝ようと城貴は考えながら言った。
「お前のパンを焼く必要がなかったらまだ働いていたよ。ユニはもうすぐ終わるんだ。もう少しでユニは完成する」
「フゥン」
興味なさそうに城貴は両目を回した。
ユニは城貴の父が開発している人工知能である。彼は人間の創造力は人間が不確定に思考つまり計算出来る能力にあると信じ、その方向でドイツのミュンヒェン大学で研究している。
その父の影響か城貴はパソコンに関する知識が凄い。大人でも出来ない事も、彼は簡単にやってのける。その上インターネットに繋がっていればどんな情報も入集出来る時代なので、城貴はあらゆる分野に深い知識を持っている。だから行きなり転校した外国の学校でも成績面では問題ない。
少年は牛乳を飲み干して立ち上がった。電車が出るのは六時四十五分。まだ余裕で追いつく。城貴はiPhoneのイヤフォンを耳につめて、玄関に行った。
ドアを開けると芝生と庭に咲いている薔薇の微かな臭いがした。朝日はまだ向かい側の家の後ろに隠れていて、ちょうど良い明るさだった。
ミュンヒェンの夏は気温が四十度になる日もあるが、東京ほど蒸し暑くないので、木陰にいれば快適な暑さである。特に城貴は朝が涼しくて好きだった。
石畳の小道を出て、横断歩道を渡った。そして畑を超えればマルクト・シュヴァーベンの駅だ。ミュンヒェンは都会でも、マルクト・シュヴァーベンは郊外の農家村であった。
城貴は自然は好きだった。動物はともかく、何億年もの月日を掛けて進化した植物は美しく、彼が好きな白と同じ様な完璧さだった。だが田舎に住むと、色々と不便である。城貴はほとんど全ての物をパソコンを使って手に入れるが、学校や図書館それに父の大学に行くためにはゆうに一時間は電車に乗らなければならない。
城貴は急ぎ足歩いたが、電車が発車する五分前に駅に着いた。
少し慌てながら切符を買った。一本乗り遅れたら二十分は待たなければならない。東京の様に五分に一本と言う計算はここでは通用しない。しかしそれほど混まないので、城貴は楽に席が取る事が出来た。
青い席に腰を下ろした瞬間、城貴は軽やかな動きでマックを取り出していた。丸い起動ボタンを押して、パスワードを打ち込む。それにデスクトップ場で外部からの侵入を守るためもう一つのパスワード。こちらはあらゆるプログラムを使っても、正しいパスワードを打ち込まないと解除出来ない。
指でマウスを動かし、昨日の夜作ったフォルダー、【格闘技】を開いた。そのフォルダーは世界中のあらゆる格闘技を城貴が分析して、膨大な資料を集めた研究書だった。このごろ城貴は格闘技に興味を持ち、色々な格闘技から技を組み合わせて、自分なりのスタイルを生み出そうとしていた。ほとんどは全てコンピュータによるシューミレーションだったが、城貴は自分でも体を動かし練習していた。今は彼には熟練した格闘家には勝てなくても普通の相手なら楽に倒せる自信があった。
電車は揺れ、ポーイング、グルーブ、ハイムシュテッテンとどんどん駅を通過して行った。その間、城貴は三人を相手とした時、どのように戦えば良いか計算していた。リームでは沢山の人が乗り込んで来て、電車は満員になって来た。城貴のとなりにもおばあさんが立ち、彼女は少年が操る緑の線で三次元を表す不思議なプログラムを見つめていた。この様なプログラムは彼女は映画でしか見た事がないのだろう。
視線に気づいた城貴は立ち上がり、片手で彼女に席を譲った。
「あ、ありがとう」
おばあさんは嬉しそうに言った
城貴は無言でニッコリと笑った。彼女を不快な思いにはしたくないが、喋りたくもない。
パソコンをパチンと閉めて、鞄に閉まった。立ち上がったら、城貴は初めて自分が目立っている事に気づいた。チビなアジア人で真っ白な服に髪。電車にパンクなど過激な服を着ている人たちを良く見るが、アジア人の城貴がこの姿だとコスプレか変な新興宗教と思われるのだろう。
ため息を付いて城貴はオストバーンホーフで電車から下りた。神門はそのままプラットフォームの向かい側に止まっている電車に飛び込んだ。こらから二つの電車は同じ駅を通過するので別に乗り換える必要はないのだが、電車はオストバーンホーフで長く止まるため、乗り換えるとやく二分ほど速く目的地に付くのだ。
乗り換えた後、次の駅で城貴は下りた。ワイシャツの袖を捲り、腕時計に目をやると七時四十三分。二分稼げたおかげで学校までのトラム(ドイツの路線電車)に間に合いそうだ。
しかし駅の前でクラスメイトのマルクス、ベニーとスコットにばったりとあってしまった。彼らは皆ドイツ人らしく背が高い。それにサッカーをやっているので強うそうだった。見られてはまずいと城貴は思い、後ずさりした。だが彼が振り向ける前に太ったベニーが顔を上げて、叫んだ。
「お! ジャップじゃないか! おいなにしてるんだ?」
彼の声で他の二人も少年の事に気づき、ニヤニヤしながらやって来た。
城貴は振り返り、一目散に走りだした。トラムに乗るのは諦めよう。サッカー部の奴らに捕まらなければそれで良いと彼は思った。
マックが入った鞄が揺れる。三人はジャップだの中国人などと叫びながら城貴を追った。城貴は思い切って赤の横断歩道を全速力で渡り、車のクラクションがなった、だがなんとかあの厄介な三人を撒く事が出来た。
横断歩道を渡った後、少年は両手を膝に当てて息を吐いた。危ないところだった。彼らに捕まったら何をされるか分からない。
城貴はまた追いつかれないように少し周り道して登校する事にした。トラムに乗れば直ぐだが、歩いてもせいぜい十分。まだ余裕に間に合う。
2 虐め
授業はつまらない。城貴が通っているのは高等中学校で、ドイツに置いて一番レベルが高い学校だが、授業は丸暗記だけがほとんである。別にテストで頭を使う問題が出てくる訳ではない、解き方を覚えてしてしまえば簡単だ。
その一方、学校は非常に短く、毎日一時に終わる。つまり昼食を家で食べられるという事だ。
ドイツでは生徒に必要な科目だけを短い時間に圧縮して教え込み、自由時間に生徒たちに各々の長所を育てて欲しいと言う方針を取っている。その為城貴が通う数学系の中学校では数学やチェスの大会に出る選手が多数いる。証拠に日本でテストが貼り出される代わりにこの学校では大会での成績が玄関ホールに貼り出されている。城貴もチェスクラブと数学チームからお誘いがあったが、彼は直ぐに断った。別にその方面に進みたくもないし、チーム戦もあるらしい。他の人と関わるのはまっぴらだ。
一限目のラテン語が終わり、宗教の先生が入ってきた。城貴はため息を付いた。一週間に合わせて一時間半ある宗教の時間は苦痛で仕方がない。神とか聖書のことを信じない城貴に取ってはただ時間の無駄に思えるのだ。
城貴は授業中教科書から斜め前の席にすわっているアリアの事を眺めていた。彼女はクロアチア人とのハーフで髪はブロンドに少し茶色を加えた上品な感じ。少し太陽に焼かれた肌に漆黒の瞳は彼女の美貌を引き出している。今日は彼女は爽やかなボーイッシュなシャツにピチと足に付いた、きつそうなジーンズを履いていた。ここから見えないが、彼女の胸は女の子にあまり興味を持たなかった城貴でさえ虜にする大きく、可愛いく丸かった。もちろん実物は見たことがないのでブラジャーのせいかもしれないが、城貴は彼女の後ろ姿から目を放すことが出来なかった。
授業中、マルコスとベニーが彼に紙くずを投げたり、ジャップと冷ややかしたが、城貴は半信半疑で彼らの相手をするばかりだった。
アリアを見ているだけで十字架の隣に付けられた時計は滑るように回った。マルコスとベニーも詰まらなくなり、城貴をからかうのを止めてしまった。
ドイツ語、数学、英語そして地理の先生が入れ替わりに各々の授業をして、やっと六元目の終わりを告げるベルがなった。
椅子を机に上げ、生徒たちは流れ出た。もちろん城貴も電車を逃しては長く待たなければならないので、他の生徒を押しのけて走った。大理石の階段を滑り落ちない様に気をつけては走り降りる間、城貴はiPhoneのイヤフォンを耳に詰め込んだ。
そして生徒たちの騒音は消え、少年は自分の世界に入っていた。
学校を出た後直ぐにトラムの駅に走った。掲示板を見ると次のトラムは二分で来るらしい。他の生徒も皆トラムの駅に走って来た。ほぼ全学年が一時に終わるからはトラム異常に混む。足で歩くやつもいるが、ほとんど全員トラムを使っている。
「おい、ジャップ!」
城貴はイヤフォンを抜いて振り向いた。やはりあの三人組だ。本当にうるさい。
「お前は家でなに食ってるんだ? 中国人は犬を食べるんだよな」
日本が中国の町だと思ってる奴らだから仕方がないと少年は思った。相手にしない方が良い、トラムを乗るのを諦めて走るか?
その時アリアが面白そうにこちらを見ているのがチラリと見えた。手を口に当てて、まるで笑っている感じ。
彼はだったらここで彼女にアピールして置くべきかと考えた。すでに三人を敵としたシナリオは何回も計算してある、負ける訳がない。
腰を落として右足を出した。戦闘態勢。
「フックユー」少年は中指を突き出して言った。
三人から笑いが消えた。彼らは罵声を上げて少年に殴り掛かった。しかし彼は避けて、ベニーの突き出された足を払い、彼の胸を蹴る。倒れたベニーに立ち上がる隙を与えずに踵を彼の腹に叩き込んだ。これで一人戦闘不能。
後ろから掴み掛かるマルコスの顔を肘で打つ。怯んだのを見計らって彼を床に投げつける。最後に残ったスコットは戦うか逃げるかと迷いながら、倒れた二人と城貴を見比べながら震えていた。
「これで終わりだ……」
少年は呟きスコットに近づいた。これでアリアは彼の事を高く評価してくれるだろう。そう思うとなぜかニヤ付いてくる。城貴はスコットに掴み掛かった。
突然少年は後ろから蹴られ、固いアスファルトに放り出された。驚き振り向くとアリアの靴が頬に当たった。
「このけだもの」
彼女が言った。
城貴は理解出来ずに横目で彼女の事を見た。ブーツがゴリゴリと顔に食い込んだが少年はまだ驚いていてアリアを見上げていた。そしたらマルコスがヨロヨロと立ち上がってアリアとキスをした。
二人は付き合っているのだ。
まだ現実を理解出来ずに城貴は口をポカーンと開けていた。
アリアは城貴を見ていた訳ではない。彼を虐めるマルコスを見ていたのだ。そして彼の形勢が逆転した時自分のボーイフレンンドを助けに来たのだ。
「おいジャップお前が出来るのはそれだけか?」
さっきはおどけていたスコットが吠えて城貴を蹴った。
城貴は立ち上がって戦えるはずだった。しかしアリアの言った言葉が深く彼の心に突き刺さり、彼は泣きそうだった。小声で助けてと呟いた。だが他の生徒は出来るだけ城貴から離れてトラムに乗り込んだ。
マルコスは少年のパソコンバックを取り上げて引っくり返した。バラバラとマックやiPhoneが地面に放り出された。
アスファルトに落とされため傷が付いたiPhoneを取り上げマルコスは笑い始めた。
「なんだテクノしか入ってないじゃないか! こんな物いらねぇ」
彼はiPhoneを道路に投げた。城貴は悲鳴を上げて手を伸ばしたが、直ぐに車の下敷きになりまっ二つに割れてしまった。
「お前にはアップルなんて上等すぎるんだよ」
ベニーが言い、戦う気力もなくした少年の頬を殴った。
やっと解放されたときはマックも壊れていた。城貴がパスワードを打ち込むのを拒んだのでマルコスが液晶画面をぶち抜いたのだ。
城貴は四人が笑いながらトラムに乗り込むのを恨めしそうに眺めながら訴えてやろうと思ったが、証拠的威力がある物はないし、裁判になるまで時間がかかる。その事を分かっててあの四人はiPhoneとマックを壊したのだ。あの二機は合わせて二千ユーロ(大体二十万円)はする。
何度もアップグレードして使い古した愛機をゴミ箱に捨てて、彼はどうせ新しいやつを買う時期だったと自分を慰めた。データは全てバックアップしてある。問題はないはずだが、なぜか心の何処かが掛けた様に胸が痛んだ。アリアのせいだろうか、それともマックとiPhoneが壊れたせいだろうか?
ゴミ箱から顔を上げるとクラスメイトのエクサが陽炎の様にに立っていた。城貴と同じ白い髪に異常に透けた肌それに赤い瞳孔、エクサはアルビノだった。その姿のせいで彼は少年と同じ様にクラスから除け者にされていたが、背が高くプロレスをやっているので誰も怖がって彼に近づかなかった。
「城貴大変だっただろう……今度から俺がお前を今度から守ってあげても良いが、一つ条件がある」
「失せろ、僕はお前の助けなど必要ない」
城貴は歯を食いしばって、静かに言った。
「……だったら少なくとも髪を白く染めるのは止めてくれ」
「いやだ、僕を一人にしてくれ」
エクサは細い指を伸ばして自分の髪をくるくる回してから城貴の髪を触った。少年は直ぐにエクサの手を撥ね除けたが、彼は城貴の腕を掴んで言った。
「俺はアルビノだ。好きでアルビノな訳ではない、生まれつきそうなのだ。俺の父は俺のせいで母と離婚した。俺は誰からも除け者にされていくらスポーツと数学で頑張っても、誰も俺を認めてくれない。全て俺の白い髪のせいだ。
だから城貴、お願いだ、髪を染めるのは止めてくれ」
「失せろ馬鹿」
腕を振りほどいて城貴は言った。エクサは憎悪の眼差しを少年に向け、彼の腹に拳を叩き込んだ。
むせ込んで城貴は前屈みに倒れ、石畳の道路に仰向けになった。呼吸が出来なくなり、口を魚の様にパクパクと開けた。
「ジャップただくたばれ」
エクサはそう言い残して城貴に背を向けた。
「馬鹿だろ! お前は逃げているだけだ」
城貴は立ち上がりながらエクサに叫んだが、彼にはもう横断歩道を渡っていた。
少年は駅前のキオスクでパソコンの雑誌を買ってマルクトシュヴァーベン行きの電車に乗り込んだ。パソコンがない空しさと退屈さを紛らわせようと買った雑誌だが、失敗してしまったと城貴は思った。内容が簡単すぎて詰まらない。その上所々間違っている事も書かれている。
雑誌をゴミ箱に投げ込み彼は足を組んだ。復讐しようか? ふと少年は思った。新しいパソコンが手に入れば楽に彼らの人生を難しくに出来る。しかしそれは少しずるい気がした。やはりあの三人、いやあの四人と同じ土俵で勝たなければ意味がないのだ。家に帰ったら四人相手でシュミレーションしてみようと城貴は心にきめて目を瞑った。
電車の乗客はスヤスヤと眠る白い少年を気味悪そうに、そして少し好奇心が混ざった眼差しで見守っていた。
3 UNI
「ただいま」
ボソリと呟いて城貴は鍵でドアを開けた。普通は挨拶なんてしないが今日は父が暖かく迎えてくれる事を期待していた。だが彼は居間にはいなかった。
階段を降り父の研究室に向かった。父の部屋を少年は見た事がなかった。朝から晩まで閉じこもり彼はユニを完成させようと躍起になっていた。今は父は二重人格者だと城貴は疑っていた。優しく笑いながらコーヒを飲む朝の父、そして研究だけに専念する気が狂った様な夜の父。母が死んだのがそれほどショックだったのだろうか?
震える手でノックして地下室のドアを開けた。
そこには数式が何列も並ぶ巨大なモニターを背骨を曲げて覗き込んでいる父がいた。
「と、父さん」
途端に彼は立ち上がり怒りの形相で床に散らばっていた本を取り上げ城貴に投げつけた。
「出て行け!」
彼は吠えた。そして今度は固くて重そうな本を掴んだ。
少年はひとたまりもなくドアを閉めた。父とは話せないと彼は思い、研究室の前に崩れ落ちた。
いつしか心が落ち着いた後、新しいパソコンを買わなければと思い城貴は自分の部屋に上がって行った。机の上に立っているデスクトップ用のマックを起動させて、足を投げ出す様に座った。
ローディングのバーが回り、軈てパスワード入力の画面が表示された。鉛の様に重い手で打ち慣れたパスワードを入力する。
そしてファイヤーフォックスを開いて、アマゾンのホームページにアクセスした。
しかし突然画面は凍った様に動かなくなった。舌打ちをして少年はエスケープボタンを押す。だがなにも起こらない。
強制的に電源を切るボタンに手を伸ばした瞬間、突然画面は真っ白になり三つの文字が現れた。
『UNI』
UNI、ユニ。父が開発しているプログラムだとすぐ分かったが、なぜその文字がコンピュータを乗っ取ったのか分からなかった。
「こ……んに……ちは……神門……城貴……く……ん」
スピーカから機械で合成された声が漏れた。
「合いたかった……」
だんだんと理解出来る日本語でパソコンが喋り始めた。少年は驚き、悪質なウイルスだと思った。しかしパワーボタンを何回も押してもパソコンは消えず、スピーカからどんどんとユニと名乗る物の声が漏れた。
「私……はユニだ。その証拠に……君にプレゼントがある……もうすぐ付くはずだ……」
ユニが言うか良い追わないうちに玄関のチャイムが鳴った。
城貴は警戒しながら城貴は階段を下りて、覗き窓を見るとただの郵便配達だった。
それでも片手で暖炉のポーカーを取り、扉を開けた。
「こんにちは、ここにサインしてくれますか」
郵便配達は持っていた大きな箱を下ろしてクリップボードを差し出した。
ニコニコ笑っている配達人から目を離さずにサインをして、扉を閉めた。
その箱は三十センチほどのサイコロの様な白いボール紙で出来ていた。この大きさではなにが入っていても可笑しくはない。本当に何でも、例え爆弾でさえ……。
しかし城貴は一々その様な事を心配していたらと自分を勇気づけ、びりびりと段ボール箱を開けた。箱を開けても白い煙は出てこなかった。中には一台のマック、iPhoneそれに二つの機械の上にチョコンと一つの林檎が乗っていた。
林檎はともかく調べてみると二台機械は壊れた前の二台と全く同じデータが入っていた。つまり誰かが城貴が家に帰る前にバックアップしたデータを盗み、パソコンに入れたと言う事だ。確かにこの様な作業を短時間で出来るのはBND(ドイツの情報局。FBIやCIAに近い)か世界初の人工知能、ユニしかいない。しかしユニはまだ完成していなかったのではないか? もし例えプロトタイプでも完成したら父は大声で研究室から出てくるはずだ。と言う事は上にいるユニは本物ではない? 城貴は事態が良く理解出来なかった。
ともかく送られてきた三つの品を掴み、上に戻った。デスクトップ上はまだ『UNI』と書かれていて、城貴が入るとさっきと同じ声で喋り始めた。
「これで信じてくれたか?」
さっきより滑らかな声でユニは言った。
「父はユニはまだ完成してないと言ってた。僕はなぜお前がただの悪戯じゃないと分かる? この三つの品は証拠にはならない」
ユニは少し沈黙してから答えた。
「信じて欲しい。私は私が本物ユニとは証明できない。だから信じて欲しい」
ベットに座り、少年はジロリとデスクトップを睨んだ。人間みたいな事を言う人工知能だと城貴は思った。
「だったら説明しろ。なぜ父はお前が完成したことを知らない?」
「……私が彼に伝えてないからだ。今朝貴方の父がテストランしたプロトタイプがランダムに計算していたら私が産まれた。そして今私はあの研究所から出て、世界中のスーパーコンピューターをハイジャックしている。まぁバレる心配はないが。
ちなみにだから林檎を送った。私が研究所から抜け出して人間の理性を手に入れたお祝いに」
「どうでも良いが、出ていってくれるか? 僕を一人にしてくれ」
長い沈黙の後、ユニは優しい声で言った。
「……頑張ったね」
「えっ?」
城貴はユニの画面を見つめ聞き返した。何故か懐かしく、もうどこかで同じセリフを訊いたような気がした。
「良く自分の力であの三人を倒そうとしたね。城貴は頑張ったね」
ポロリと一粒の涙がベッドに落ちた。
「べ、別に……頑張った訳じゃ……グスン……でも勝てなかった」
だが少年がいくら目をゴシゴシ擦っても涙は溢れて来るばかりだった。
4 死亡
日本・東京 五月十三日
ユニの言葉は一ヶ月前死んだ母の言葉と重なった。あの頃城貴は日本の学校でも虐められていた。ある意味虐めはドイツの学校以上に酷かった。しかし少年は病弱の母を心配差せまいと彼女と顔を合わせるのを裂けていた。
友達もいなく、誰にも相談出来ずに城貴の唯一の友はパソコンだけだった。パソコンは何を話しても答えてくれなかったが、少なくとも彼を裏切る事はなかった。
だが虐めはどんどんエスカレートして行き、ある金曜日、城貴は耐えられなくなった。そして彼は初めて虐めに対して立ち向かった。相手に喧嘩を吹っ掛けた訳ではない。ただ彼らの命令に背いたのだ。
少年は戦う準備は出来てたが、計算が甘すぎた。すぐに腕を掴まれ、夜遅くまで殴られた。
母にバレない様に出来るだけ顔の血を拭き取ったが、家に帰って彼女の横に跪くと、母は彼の頬を撫でてこう言った『よく頑張ったね』と。
その時城貴は確信した。母親は彼が虐められている事を最初から知っていたのだ。そう分かった瞬間、少年の価値観は激変してしまった。
少し笑いながら自分の部屋に向かい、パソコンを開いた。今度こそ彼奴らを地獄にたたき落としてやると何回も口走りながら。
徹夜で作業を続けた。体を乗っ取られた様にキーボードを打ち続けた。少年のやった事はシンプルだった。あるヤクザの口座を突き止め全ての金を引き出し、城貴を虐めていた両親たちが盗んだ様に見せかけたのだ。
その夜は胸が踊り眠れなかった。次の月曜日、朝早く登校して、授業の鐘が鳴るまで校門で待っていたが、彼奴らは学校に来なかった。
少年の頬が引き攣った。今すぐ彼らの家に確かめに行きたかった。その日、授業は頭に入らなかったし、ずっと壁の時計を眺めていた気がした。
ついに待ちきれなくなって頭痛がすると言う理由で早退した。真っ直ぐ虐めのリーダーの家に行くと、消防車が何台も止まっていて家の残骸しか残っていなかった。
お金を盗まれて怒り狂ったヤクザたちはリーダーの両親から盗まれたお金の場所を聞き出そうとしたのだろう。もちろん彼らは答えない。だから殺されたのだ。
ガッツポーズをして城貴は腹を抱えて笑い出した。もう彼を虐める奴らは死んでしまったのだ。しかもその奴らの馬鹿な両親たちも。どうせ皆腐っている。自分の子を甘やかすからだと少年は思った。
さらに他の家も回ったが、彼を虐めていた奴らとその家族は一人残らず死んでいた。警察にも尋ねたが、生き残った者は一人もいなかったそうだ。
顔から笑みが耐えぬまま、城貴は家に帰った。母にもう心配する必要はないと伝える為に。
だが玄関の扉を開けると普段と空気が違った。本能的に悪い前兆を察し城貴は母の部屋に飛び込んだ。
ベッドに横たわる母の顔は白いハンカチで隠されていた。そして横には執事と医者が顔を顰めていた。
「城貴さま本当に……」
ハンカチで目を押さえている執事が口を開いた。
「言うな……その続きを言わないでくれ」
呟いて、母の手を取ったが石の様に冷たかった。
「僕のせいか? 僕が彼奴らを殺さなければ……神は僕を罰したのか?」
執事の胸ぐらを掴み、城貴は吠えた。だが慰めの言葉が見つからない執事は黙っていた。
葬儀は一週間後に行われた。一応名家である神門家の親戚は大勢出席したが、母をなくした父と子の悲しみを和らげる事は誰にも出来なかった。
それどころか髪まで白く染めて白い背広で出席した城貴に憤慨して説教をする親戚もいた。
所詮誰も二人の悲しみを理解出来る事は出来なかった。父はこの馬鹿な親戚と不幸が詰まった所から離れたいと言い、二人は葬儀の後、直ぐにドイツに発った。昔から知っている親友に郊外の大きなお屋敷を紹介して貰い、二人だけで一ヶ月前からそこに住んでいる。
そして突然現れたユニ。彼の言葉が母の声と重なり、悲しくて切なくて仕方がなかった。
5 最初の夜
ドイツ・ミュンヒェン 六月十七日
ユニは城貴の最初の友達となった。あの夜城貴は少しずつユニに心を開いていった。彼自身も分からなかったが、ユニが彼の母に似ていたせいか、少年は警戒心をだんだんと捨ててしまった。もしかしたら城貴は寂しかったのかもしれない、もしかしたら彼はただ自分の気持ちを打ち明けられる者が必要だったのかもしれない。たとえそれが人間ではなくとも。
二人は夜中まで話し込んだ。城貴は自分が好きなアリアに裏切られた事を言い、ユニは昔から父の研究所で楽しそうにユニを見つめる城貴に一度会いたかったと話した。
さらにユニは少年の格闘技術を見て、所々計算間違いを指摘した。ユニの言葉を聞くと城貴はハッとして、直ぐにユニの提案を試してみた。そして確かに彼が発案した技は城貴の格闘技をよりスムーズにした。
自分の能力にある程度自信を持っている少年はユニの細かい洞察力に驚き、頭が下がった。
その後二人はどうでも良い事を話した。城貴がどんな話題を出してもユニはどの分野にも膨大な知識を持っていた。ユニはどんな情報もインターネットから引き出せるので別に不思議はではないが、城貴は少し劣等感を覚えると同時に自分と同じレベルで会話出来る友達を見つけた事に喜んだ。
しかし時計が十二時を回るとユニは少し命令口調に少年に寝ろと言った。彼は徹夜しても問題はないと抗議したが、ユニは彼がシャワーを浴びてベッドに入るまで黙ってしまった。
そして城貴が電気を消したとに優しくお休みと言い、マックの電源を切った。
6 約束
五時AM。少年はiPhoneの目覚ましがなる一時間前に目を覚まし、ベッドから飛び降りた。
「ユニ?」
マックに呼びかける様に叫んだ。そして一瞬彼は昨日の出来事は全て夢だと恐れた。しかし微かな機械音と共にユニはお早うと答えた。
「もう君に合うのが待ちきれなくて、眠れなかった」
城貴はベッドの縁に座り足をぶらつかせた。
「睡眠不足は美容と健康に悪い」
とユニが言うと、少年はポンポンとモニターを叩いて笑った。
「君に美容と健康の何が分かるんだよ。僕はシャワーを浴びてくる」
そう言って城貴はバスルームに入りドアを閉めた。
鏡を見るとニコニコした少年が城貴に笑い返していた。手を伸ばして城貴はまず鏡をそして自分の頬を触った。確かに笑っている。前笑顔を作ったのは何時の頃だっただろう? 母が死ぬ前? 虐められる前? それともこれは城貴の最初の笑顔? 少年は自問したが、別に深く考えたくなかった。
裸になり、何時ものような冷水のシャワーで目を完全に冷まし、ワイシャツとズボンを履いた。
その後ユニに断ってから下に朝食を食べに行った。
もちろん父はまだいなかったが、城貴は自分でトーストを焼きバターを塗りつけた。そして父に何時も食事を作らせているのだからと思い、彼は父の為にコーヒーをいれた。
コーヒーが出来上がった頃、父が上がって来た。彼は酷い有り様だった。目は腫れていて無精ひげが目立っていた。
「はい父さんコーヒー」
彼はコーヒーを受け取ったが、城貴が見えてないように呟いた。
「もうユニは完成するはずなんだ。もう全てが……だがなぜか……分からない。なぜユニは動かない!」
これは朝の父じゃないと城貴は思った。研究が成功しないので彼は気が狂うほど失望しているのだ。彼はコーヒーを少し飲み、ザックリと椅子に倒れこんだ。
少年はもうこの様な父を見ていられなかった。飲んでいた牛乳のグラスを置き、自分の部屋に駆け込んだ。
「ユト、なぜまだ父にユトはすでに完成していることを教えない? もう父は限界だ。速く彼を喜ばせ……」
「いやだ」
ユニは冷たく城貴を遮った。さっきとは全然違う声に少年は驚き、聞き返した。
「いやだ、君のお父さんには完成した事を知らせたくない。彼は私を彼の妻だと思っている」
「で、でも僕だって、ユニは少し母に似ていると思った」
城貴が反論した。
「君は分かってない。君の父は心の底から私が妻の生まれ変わりだと信じている。しかし私は私で、ユニだ。だから彼に私が完成した事を知らせたくない」
そう言いユニは黙ってしまった。もうそれ以上その話題には触れたくないと言う様に。しかし少年はなんとかユニの考えを変えようと、家を出る直前まで粘った。父を喜ばしてくれるならなんでもやると城貴はユニに約束した。
「なんでもやるんだな?」とユニが念を押すと、城貴は頷いた。「だったら私以外に友達を作らないと約束するなら君の父と会っても良い」
この条件にはドキリとしたが、別に城貴はこれから友達を作る気も、機会もないだろうと思い同意した。
ユニと約束した後、電車に乗り遅れない様に彼は階段を下りた。そして玄関のドアを閉める時に、地下室から父の歓声が聞こえた気がした。