理想 2 | The Days of Becoming a Vampire Hunter

The Days of Becoming a Vampire Hunter

ヴァンパイアハンターになるための日々

 漆黒の銃口から銃声が轟いた。
 次の瞬間、全てが速く起こって良く分からなかった。ドアが蹴り開けられ、二人の兵士が倒れた。そして銀色のスパナがブーメランの様に回りイノの銃をはじき飛ばした。
 弾丸は僕の頬を逸れて、ガラス張りの窓を粉々にした。
「K!」
 僕は部屋に飛び込んで来た人物を見て叫んだ。彼は両手にスパナを持ち、イノの事を見つめていた。
 Kは僕の方を向いて聞いた。
「U、こいつは誰だ? ここで見た事がない」
「ぼ、僕はユトだよ。K、僕思い出したよ。君が言ったように僕は悪党だった。
 あっ、この人はイノ。この国の大統領」
「大統領って誰だ?」
 そうかKはまだ外の世界を知らないんだ。
「彼が外の世界で一番偉いんだ」
「分かった。だったら彼を人質に取る」
 Kは倒れた兵士が死んだ事を確認してから彼の武器を取り、言った。
「な、なんだお前は!」
 イノは崩れた髪型を直しながら叫んだ。
「おい、Uこいつ少しうるさいんだけど殴っても良い?」
「だ、駄目だよ! 大統領なんだよ! それに僕はユトだってば!」
「分かったよユト」
 彼はめんどくさそうに僕に良い、イノの胸ぐらを掴んだ。
「おい大統領、貴様の机にあるマイクに喋ればこの建物全体に伝わるんだよな? だったらこう言ってくれ『私はテロリストに人質にされました。建物の全ての扉を開けて囚人たちを外へ誘導してください』」
「そ、そんな事したら! 囚人たちが外の世界を見てしまったら……」
「私たちがその混乱に紛れて逃げられる。分かったら大統領、早く電話をかけろ」
 Kの迫力に押され、イノはそろそろと机の上マイクへ手を伸ばした。
「……収容所の皆さん、大統領のイノです。私は今、……人質に囚われました」
「テロリストに人質に取られたと言え」
 Kが囁いた。
「――テロリストに人質に囚われました。彼の要求はこの収容所の門を開け、囚人を皆外へ出すことです。監視員の皆さん、速やかに彼の要求を実行してください。私の命がかかっています」
 イノはマイクを消した。
「これで良いか?」
「ああ、上出来だ。でも大統領は冷静だな。囚人たちが皆外に出るというのに。それにユトと私にも逃げられてしまう。貴方が殺される可能性だってある。なぜそんなに冷静なんだ?」
 口を三日月にして、Kはイノに聴いた。
「フン、囚人は直ぐにまた捕まえる。お前たちも絶対逃げ切れないと断言できる。だから俺はなにも心配することはない」
「私はS級の犯罪者だ。大統領に心配していただくなくとも結構。では少し眠ってもらう」
 Kは指をピッと伸ばして、イノの首に手刀打ちを叩き込んだ。
「わーなにしてるんだよ! 殺す気か!」
 僕はぐったりと倒れたイノに駆け寄った。腕の筋に人差し指を当ててみるとまだ脈はある。どうやら気絶しただけだ。
「私たちは大統領を……チェ言い難いなぁ。イノを人質として連れて行く。だから色々と喚いだら困るんだよ」
「でもイノを連れて言ったらすぐに僕らが目立って脱走が難しくなる」
 しかしKは僕を無視してイノを部屋から引きずりだした。
「大丈夫これでこいつを隠す」
 イノの部屋の外にあった車輪が付いたコンテナをKは指差した。
「……K、本気でこれで逃げ切れると思う?」
「思わない。さぁユト速く行こう。遅れる前に」
 ため息を付いて僕はイノが入ったコンテナをゴロゴロと押すKに付いて行った。
 廊下を曲がると、二人の兵士が走って来た。最初から建物にいた兵士たちだろう。
「き、君たち! テロリストは見たのか? 大統領は?」
 太った方の兵士が尋ねたが、Kは兵士たちに感づかれない様にゆっくりとイノから奪った拳銃を取り出し、彼を撃ち殺した。そして二人目のコンテナを膝にぶつけて、ひるんだ兵士の首をゴリッと百八十度回した。
「さぁ行くぞ!」
 Kは叫び、僕は死んだ二人の兵士を見ないように走りだした。
 僕らは監視員に連れてこられた廊下をまた何回も曲がり、やっと監視員たちが囚人をゆっくり列に並ばせ下へと誘導していり廊下に出た。
「おい! お前たちなにをしている! 大統領と一緒ではなかったのか?」
 一人の監視員に言われ、僕はドキリとした。これではテロリストが本当はいないとバレてしまう。
「はい。私たちはテロリストの支持を受けてこのコンテナを持ってきました。中には爆弾が入っているようです」
「爆弾!」
 監視員は驚き壁に伏せた。
「う、嘘だろう! だったら速く爆弾処理班を呼ばなければ」
「無駄です。テロリストはコンテナを開けると爆発すると言ってました。さらに私たちがこの取っ手から手を離しても爆発します。さてどうします?」
 僕の心臓はドキドキなり、落ち着かなかった。Kの子供だましな嘘で逃げ切れるのだろうか? 監視員がコンテナを開けたら直ぐアウトだ。
「ど、どうするもなにも……いやこうする」
 監視員はベルトから手錠を取り出してKの腕とコンテナの取っ手に付けた。
「良いか、お前たちはコンテナと一緒にすぐにここから出て、できるだけ遠くへ逃げる。そしてコンテナを開ける。分かったな。人がいないところで開けるんだぞ」
 Kは頭を下げて了解と言った。本当は彼は今、イノに見せたニヤニヤ顔をしているのだろう。
「だったら急げ。道を開けるから一刻も速く逃げるんだ」
 監視員は一声叫び、囚人たちを廊下から出した。
 そしてKと僕はコンテナを押しながら走りだした。イノが起きだしたり、監視員が以上に気づいたら一巻の終わりだ。僕は死ぬ思いで走ったがコンテナは重く、直ぐに息が足りなくなってきた。
「ユト、急ぐな。外へ出てから速く走る必要がある。まだ大丈夫だ」
 頷いてスピードを落としたが、自然と急かされている気分になり、速くなる。僕らはなんども緩やかなスロープを曲がった。監視員の命令が行きまわっていたのだろう、囚人たちはみな壁際に立ち、道を開けた。
「K、少し変じゃないか? なぜ君の計画がこんなにも上手く行くんだ?」
「知らねぇよ。ただしいずれ機動隊があの部屋を突撃するだろう。そしたらテロリストがいないってバレてしまう。その前に速く逃げきらないと」
 僕は頷き、コンテナをより強く握った。大粒の汗が額からダラダラと流れてくる。少し休みたい。だが今は逃げることに専念しなければ。
 やっと出口らしい大門が見えてきた。僕は最後の力を振り絞り疾走した。Kも外の世界を見たい一心でスピードを上げた。
 外は窓ガラスの向こうから見下ろしたより美しかった。たしかに路上にはホームレスがダンボール箱にくるまっていて全て寂れた様に見えたが、新鮮な空気が久しぶりに僕の肺をいっぱいにした。
 後ろを見るとKが今までの人生を費やしてきた大きなビルが見えた。窓はなく、ただのコンクリートでできた長方形に見えた。その入口には軍のトラックや車があった。
「そのコンテナは爆弾かね?」
 サングラスを掛けた男が僕らに向かって訊いた。
「はい。そうです。出来るだけ早く遠くに……」
「分かってる。今は一刻も争う時だ。君たち、あの森が見えるかね?」
 男は僕らの後ろを指さした。そこにはちょっとした森林があった。しかしかなり汚れているようで、木が黒かった。
「はいそこでコンテナを開けるんですね」
 Kが活き込んで言った時、ガタンとコンテナから音がした。イノが目を覚ましたのだ。僕はドキリとした。イノが騒いだらいっかんの終わりだ。
「なんだ今のは……」
「なんでもありません!」
 僕は叫んだが声が裏返ってしまった。またイノがなんどもコンテナを蹴る。
「……本当に爆弾なのか? 一度ここで開けてみた方が」
「今は一刻も争います。速くしなければ爆発しますよ!」
 真剣な声でKが言う。
「だったらまずエックス線で中身を確かめてみる」
 男が不審そうに首を傾げボソボソとトランシーバーに囁いていく。だがKはすでに銃をサングラスを掛けた男の額に当てていた。
「駄目だ!」
 僕は叫んだが、Kが引き金を引いた後だった。そして彼は素早くコンテナを開け、イノに拳銃を突きつけた。
「イノは我々の人質だ。我々を攻撃したらイノは死ぬ」
 彼はイノに拳銃を突きつけ、一番近くにあったトラックの荷台に登った。
「ユト、運転できるか?」
「出来ないよ! やった事がない!」
「知るか! とにかく運転しろ!」
 Kが吠えた。僕はオドオドしながら運転席に乗り込み、エンジンを付けた。
 た、確かペダルを押すんだよな。そう思い少し足で押してみたら、トラックは前に転がった。そして僕はだんだんと車の運転の仕方を思い出した。これがブレーキでこれがクラッチか。……思い出したぞ。
「ユト速く!」
 Kの声が荷台から聞えた。
 僕はアクセルを思いっきり踏み、全速力で走りだした。何人かの兵士が両手を上げて車を止めようとしたが、僕が怯まない事を気づくと飛び退くので、僕は誰も轢き殺さずに森へ続く道路へ出ることが出来た。
「こ、これからどうするんだ?」
 僕はハンドルを握りながらKに叫ぶ。
「この国から出ないと。国境は覚えているか?」
「……良く思い出せない。でも森林を超えた後に川があったら、それが国境だと思う」
 僅かな記憶を辿りながら僕は答えた。
 しかしそれまで持つかどうか分からなかった。道路は平らじゃないので、トラックは上下に揺れる。もう少しで舌を噛み切るほどだ。それに何時僕が運転を間違えて、気に衝突するか分からない。
「フッ、お前たちは逃げ切れると思っているのか?」
 突然イノが口を開いた。
「私たちは絶対に逃げられる。これほど揺れる車に乗っている私たちを兵士たちが貴様を殺さずに撃てると思うか? 車に乗っている限り、私たちは安全だ」
「考えたものだな」
 思いっきり皮肉を吐くイノ。
「ところで、Kだったかな? 君は才能がある。いや非常に優秀だ。あの収容所には勿体なすぎる。もし俺を助けてくれたら、君に死ぬまで金に困らない様にしてやる。それに君に高い地位を与えよう」
「で、もし私が貴方の提案に乗ったとしたら、ユトはどうなるんです?」
「君にはユトはいらないだろう? 彼は然るべき刑罰を受ける」
 イノが静かに言った。
 Kは黙った。顔は見えないが、考えているのだろう。
「……K、そうしなよ。本当は僕が悪いんだからさ。君はもう楽するべきだよ」
 僕は目を擦った。
「いや、ユト私の最終目的はいまだに変わってない。それにイノの言葉に保証はない」
「フッ、K。君はあの収容所の真の目的を知っているか?」
 イノ気味悪く薄笑いをした。
「ああ、精神異常者を閉じ込めておく場所だろう?」
「違う。君は本当に赤子を診断して精神が異常かどうか分かると思うか? もちろんそういうケースもある。しかしあの収容所は精神異常者とは関係ない……」
「どういう意味だ?」
「K、君はね、精神異常者だから収容所に入れられたわけじゃないんだ。違う、君は収容所に売られたんだ。それも君の親からね」
 僕は息を飲んだ。そんなはずはない。イノが逃げるために考えた嘘だ。そうに違いがない。
「……信じてないね。でもこの国は貧しい。ホームレスの男が道端で売女とやっているところを俺は毎日見かける。そして運悪く身ごもった売女はその産まれた子を収容所に売るんだよ。収容所に売れば良い遊び金になるからね。K、君は多分その一人だろう」
「う、嘘だ……信じない」
 Kの声は掠れていた。
「君は誰からも必要されていない。売女が商売の途中でやってしまった『不良品』だよ。収容所はそう言う社会に必要のない人間を効率よくリサイクルする所だ。エコだろ?」
 突然、罵声と肉がぶつかる音がした。Kが切れたのだ。バックミラーに目をやると、彼はイノに馬乗りになり殴りかかっていた。イノの血が飛び散り、彼の鼻が折れる音がした。このままではイノが死んでしまう。
「K! 止めろ!」
 僕は態と車を揺らしKを正気に戻そうとしたが、彼はイノを殴る事を止めなかった。これほど怒っているKを僕は見た事がない。拳を振り上げては、イノの顔に叩き込んでいた。
「止めろ! イノが死んじゃう!」
 僕は大声で何回も叫んだ。そしてKはやっとイノを殴るのを止めてくれた。
「K、可笑しいよ。何時もなんか冷静って言うか、後先考えてるやつがこれほど怒るなんて」
「イノが悪いだろ。それに私は後先を考えているつもりはない。この脱走だって計画してない」
「自慢げに言うなよ」
「臨機応変で自由自在と呼んでくれ」
 ため息をついて僕は敵の位置を確認した。後ろからこそこそと三台のトラックが僕らを追いかけていた。しかしこっちには人質がいるので彼らもあまり近寄れないらしい。
 突然ダッシュボードに赤い光が点滅した。その下にはガソリンのサイン。車の燃料が少なくなって来ているのだ。
「K! ガソリンがすくない! ヤバいぞ」
「本当かよ! あと国境までどのぐらいある?」
「まだ森林だよ。でも記憶からして、あと車で三十分は掛かるんじゃない? どうするんだ! 車が止まったら、囲まれて狙撃されてしまうぞ」
「そんなこと分かってるよ! ちょっと考える時間をくれ」
 Kは黙って考え始めた。しかしガソリンメータは下がる一方だった。僕は焦ってサイドミラーを見ると軍のトラックはまだ追いかけてくる。いやその上さっきより距離が縮まった様な気がする。
「オーケイ。ユト、スピードを少しずつ落として、奴らを接近させてくれ」
 無言で頷いて、アクセルから足を少し下ろした。サイドミラーに見える敵はゆっくりとスピードをあげてますます僕らとの距離を縮めた。どうやら敵はこちらの燃料を把握しているらしい。
「どうするんだよ! 大丈夫なのかこれで?」
 僕はKに叫んだ。すると二発の銃声が荷台から轟いた。
「今のはなんだ?」
 Kが撃たれたと思い僕は振り向き、運転席から荷台へ続く小さな窓に顔を突っ込んだ。
 イノが両足から血を吹き出していた。Kはまだ拳銃を構えたまま呻くイノを転がし、荷台から落とした。
「ユト! フルスピード! 木にぶつかってもかまわないからとにかく速く!」
 僕は良く事態が理解出来なかったが、とにかくKの言うとおりにアクセルを限界まで踏んだ。
「ど、どうしたんだよ! イノをなぜ落とした!」
「奴らはまず急ブレーキを掛けて慌ててイノを助けようとするだろう。だから彼を少し傷つけた。もしイノが死んでいたら、奴らはすぐ私たちを追うだろう。これで僅かだが時間を稼げる。どうせ車が止まってしまったら人質は関係なく私たちは射殺されるだろう。ユト、とにかく出来るだけ国境近くまで走ってくれ」
「了解」
 しかしこの森林の道をフルスピードで走るのは容易いことではなかった。車はがたがたと揺れ、前も見るのも難しかった。Kが行った様に兵隊が追ってこないのが僕の唯一の気休めだった。
 十五分ほどしたらやっと森林の終わりが見えて来た。だがその一歩手前で僕は急カーブでスピードを出しすぎてしまった。道を逸れて、車輪が浮いく。トラックは横に倒れてしまった。エアーバックが僕の視界をいっぱいにした。頭がくらくらしたがなんとか持ちこたえた。
「大丈夫か?」
 上に向いた運転席のドアを開けてKが僕の腕を掴んだ。どうやら彼は車体の下を上ってドアを開けたのだろう。
「どうして……」
 僕はかすり傷しか付いていないKに不思議そうに訊いた。
「私はトラックが倒れる前に飛び降りたんだ。少し擦ったけど落ち葉がショックを吸収してくれた」
 Kは僕を運転席から引き出し僕らは飛び降りた。Kは綺麗に着地したが、僕は尻餅を付いてしまった。彼は路面に荷台から地面に放り出されたマシンガンを背負った。いざと言うときのための武器だろう。
 僕らは走り出す。いくら時間を稼いだと言っても、イノの兵士たちはすぐ追いかけてくるだろう。
「ヘリコプター!」
 Kは空を指差して叫んだ。森林から川まで広がっている草原に横からガトリング砲備えたヘリコプターが浮上していた。あともう少しなのにと僕は泣きそうになった。
「K! どうするんだよ!」
「森林から撃ち落とす」
 Kは森の端により、機関銃を撃った。空気が割れる様な銃声が轟く。Kは反動で吹き飛ばされた、だがヘリコプターには銃弾は一つも当たらなかった。
 そしてKが銃を撃ったせいで、ヘリコプターは騒音を立てて、林の上に来た。まだガトリングガンを使わないのはKと僕の位置が良く分かっていないからだろう。Kは猿の様に木を登り始めた。僕は僕で木の陰に隠れた。なぜKが自分からヘリコプターの近くに行くのか分からなかったが、彼にも考えはあるのだろう。
 ヘリコプターは探る様に森林の上を周ったがKは木々を跳ねり回り、なんとか見つかる事を防いだ。そして彼は恐るべき事をやった。ヘリコプターに飛びついたのだ。
 乗組員たちは機体にぶら下がったKにまだ気づいていない。 彼は少しずつ上り、ガトリングガンを操縦している男の足を引っ張った。男は頓狂な叫びをあげて、僕の横に落ちた。頭から落ちたらしく、首が不自然に捻られていた。
 一方Kは機内に乗り込み、イノから奪ったナイフで一人の心臓を突き刺し、もう一人を蹴り落としていた。
 慌てて逃げようとしたパイロットもKに頭を捕まれ、窓ガラスに叩き割られてしまった。
 返り血を浴び、血塗れになったKはヘリコプターから飛び降り、木の枝で落下するスピードを落として僕の前に着地した。
「行くぞ」
 額にこびり付いた血を拭きながらKが言う。僕は彼のがやった事を信じられなくて目を丸くしていた。その時操縦士がいなくなったヘリコプターは草原に激突して燃え始めた。
「K、凄い……強すぎる」
「運が良かっただけだ。それに私はイノの言葉が本当でも信じない。私は生まれつき天才の犯罪者だ。これぐらい出来なくて私はどうする?」
「そ、そうだよね」
 僕は笑った。Kが生きていて嬉しかった。ヘリコプターに飛び込んだ時は本当に恐かった。
 突然背後で車のエンジンがなる音がした。イノの兵隊が追いついたのだ!
 Kは僕の手を取って滑る様に走り出した。ほとんど体を地面に垂直にして草原を疾走するK。僕は地面をバウンドしながらKに引きずられた。
 兵隊たちも草原に出た。マシンガンで撃ってくる。広い草原を響く轟音と火薬の臭い。何発もの弾丸が僕らをかすめた。
 流れが速い川に飛び込めば、もう大丈夫だと思い、死ぬ思いで走る。
「もう少しだ!」
 Kの声が銃声にかき消される。あと二十メートル、あと十メートル!
 肩に激しい痛みを感じる。撃たれたのだ。弾が貫通して血が溢れ出てくる。
「ユト! 持ちこたえろ!」
 そして僕らは手を固く握りしめて川に飛び込んだ。
 兵隊たちは諦めずに川に我武者らに撃ち込んだが、潜ってしまった僕らには当たらなかった。
 意識が朦朧としてきた。血が少なくなってきた。咳き込んで水が肺に入ってくる。
 Kが握りしめた手を引き上げて、僕の顔を水面を出してくれた。イノの兵隊はもう豆粒みたいに小さくなっていた。
「もう十分離れた。岸に上がるぞ」
「僕もう無理。僕をこのまま世界のはてまで流してくれ」
「もうスタミナがないのなら少しの間息を止めて私に捕まっていろ」
「えっ」
 Kはめんどくさそうに僕に背を向け僕の腕を自分のお腹の前に回した。
「しっかり捕まってろ!」
 叫んで泳ぎだすK。
 彼の泳ぎ方はクロールに似ているがそれより何倍も激しい。大体彼はなぜ泳げるのだろう? これほどの水は見た事がないはずなのに。多分ずば抜けた運動神経も生まれつきなのか。
 Kは僕を川の岸に下ろした。
「これは……」
 彼が息を飲む。
「肝臓と肩が……打ち抜かれている。その上……胃の横にも弾が……」
「……私の楯となったのか?」
 顔を顰めてKが言った。
「そんな……つもりは……なかった。でも君に当たらなくて良かった……」
「喋るな。傷を塞ぐ」
「もう……無理だ。僕は……あと数分で死ぬ。
 それよりK、僕の、僕の最後の願いを訊いてくれ」
 少しKは躊躇ってから頷いた。
「僕は……君の事が好きだったと思う……だから……最後にキスしてくれないか?」
 Kは後ずさって目を瞑った。やはり駄目かと僕は思った。
「あっ、良いよ。それに君のファーストキスだしね……僕に使っちゃうのはもったいない。ガールフレンドが出来たら……彼女に……」
 僕は出来るだけKに笑ってみせた。最後になにを馬鹿なこと言ってるんだろう僕は?
 そしたらKは僕に多いかぶさり僕の耳元で囁いた。
「私は女は知らないし、見た事もない」
 Kは僕の口にそっと自分の唇を当てた。
 彼の唇は冷たくて、荒れていた。しかしそんなことはどうでも良かった。握りしめた手からKの心臓の鼓動が聞こえてくる。彼の体が僕の胸に乗っている。
 そして、そしてあの青くて淡い目が真っ直ぐ僕を見つめていた。あの燃え尽きる事はない様な情熱が宿るKの目が僕を最後まで見透かしていた。
 
<hoc est initium>