実は、昨年末に40年付き合いのある

親友(M)が 乳ガン・ステージ4の診断を

受けました。

私は、20年前に母を炎症性の乳ガンで

なくしています。


Mは「相談とか出来るのがchacotanしかいないから、思い出して辛いだろうけど色々

教えてね」と言われ、言われるまでもない

ですよね!!

私は出来る限りMの支えになりますウインク


元々、3人トリオだったのですが1人"音信不通"になっていて…。


ガンセンターで本格的な診断を受ける日、

診察室には入りませんでしたが

「Mがイヤじゃなければついていって

良い!?」と聴いたら

「ありがとう嬉しいおねがい来てくれるんだキラキラ

とすごく喜んでくれました。


何せ、40年の付き合いなのでMのお父さん、

お母さん、3人のお兄ちゃんとも仲良しで

家族同然の付き合いなので、こういう

場に来ると【他人】になることを思い

知らされましたショボーン

しょうがないことなんですけどね。。。


「やっぱり私、乳ガンだった…。ステージ4で手術出来ないんだって」声は明るかったけど

表情は一目瞭然。誰も居なければ

抱きしめてしまいそうだった。

Mの手をとり「大丈夫!!私のお母さんの

時と違って良いクスリあるはずだし、

一般的なガンであれば抑える事

出来るから、大怪我したりしなければ

大丈夫だから頑張ろうウインク」と一気に

まくし立ててしまいました。


ネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフ

母の場合、抗がん剤治療中に大腿骨を

骨折してしまい、動けないと体力が

落ちて抗がん剤が使用できなくなったのです。その骨折も結局【骨転移】していた

ところ、ベッドから落ちて折れてし

まった。とのことでした。

亡くなるちょっと前のレントゲンを見て

緩和ケアのDr.がビックリしていました。

「骨転移してるのに、折れた所から

ほんの少しだけど新しい骨が出てきて

るんですよ。珍しいです」

この言葉を聴いたとき「よっぽど歩きた

かったんだなぁ~」と思いました。

叶わなかったけど奇跡はおきていたんですキラキラキラキラキラキラ

ネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフネザーランド・ドワーフ



後日電話でMが「chacotanと一緒なんだよね

、治る事ないけど、病気をきちんと受け

入れて治療していくしかないんだ」

と言っていました。

そのまた後日。私が本格的にDr.から

人工透析導入の打診された。と報告。

「病気の種類は全く違うけど、感張ろうね」

と言ってくれました。

もちろん「そうだね星頑張ろう音符

と言いました。



Mは「白米が臭くて食べれない、ふりかけ

とか、ないと無理バツブルー」と嘆いています。



長々の文章にお付き合いありがとうございました。





ひまわりchacotanひまわり