楽園の叫び〜8
老天使界を含む主天使界への疑念を全て告白し終え
たムリエルは、天の王国に住まう"父"に懺悔するか
のように静かに目を閉じ頭を垂れた。屍のような翼
は折り畳み、微かに震えている。
「ムリエル殿、これからどうされるおつもりですか
?」
「"父上"の下へ許しを請いに向かうつもりだ。そし
て、どんな罰でも受け入れよう。ウリエル殿の覚悟
に比べたら小さな覚悟だが」
「そんなことは…… 」
"ありません"とガブリエルは言おうとしたが、彼は
話しを続けた為かき消されてしまった。
「ハシュマエル殿にはわたしが犯した行為と、主天
使界や老天使界への問題を書き記した巻物を既に送
ってある。それで彼の考えが変わるはずもないが。
あの頑固者が…… 」
弱々しく笑うムリエルに、ガブリエルは彼の行き先
に気づいてしまった。
「ムリエル殿、あなたはもしや主天使界を───
いえ、天使界を去るつもりですか?」
ムリエルはそれに答えるかわりに「イトゥリエルと
いう天使がおったろう?地獄管理界の者と恋仲にな
った天使だ」と、地獄管理界の者─── ゼフォンの
恋人であった一人の天使の名を出した。
「結婚し、今は人間として地上で暮らしているそう
ではないか。しかも幸せそうにしてるという。これ
は地上にて任務に就いてる、ある天使の一人からの
報告だが」
(ああ、きっとジョフィエルの事だわ)
ジョフィエル─── 彼女もハシュマエルの理不尽な
作意によって地上へと「左遷」させられていた。
只、彼女の場合は守護天使のままであったが。
「人間として"生きていく"のも、またいいかもしれ
ぬな…… 」
何か面白い事を思いついたかのように、ムリエルは
フッと笑った。
「ガブリエル殿よ、おかしな話しではないか?天使
であるわたしが"生きていく"なんてな。もう"人"と
して意識してるのか?恥ずかしながら期待してるの
か?そう思わぬか?ガブリエル殿よ」
「ムリエル様、私にはあなたを止める権限はありま
せん。でも、本当にこれで良いのでしょうか?主天
使としての任務を放棄したと、老天使界から不名誉
なレッテルを貼られ語り継がれるのではないでしょ
うか?それでも…… ?」
ガブリエルは言いながら、ふと自分の言葉に違和感
を感じてしまった。
(不名誉…… ?)
─── 私達天界の者は、決して「名誉」の為に任務
を遂行してるわけではないのに。
そんな彼女の考えを見透かしたのかどうかは分から
ぬが、ムリエルは「そんなくだらないレッテルなぞ
、今のわしには関心の無いことだ。勝手に言わせて
おけばいいだけの話しだ」と言ってのけ、ハッハッ
ハッ!と豪快に笑ってみせた。
その笑いの中に、彼が天界で築き上げた全てをなげ
うつ覚悟をガブリエルは見たのだった。
「ムリエル様、私も…… 是非、私も"父"の下へお供
させて下さい。あなたが人間の世界で、清らかに、
そして穏やかに過ごせるよう、"父"に口添えしまし
ょう」
「ガブリエル殿よ、ありがたいが遠慮しとくよ。
もしや"父上"から叱責を受けるかもしれんからな。
そんな場面を、あなたに見せるわけにはいきません
しな。お恥ずかしい…… 」
主天使界の老天使は"いにしえ"の時を過ごした永遠
の聖域を振り返る事なく、人間界へと旅立つのだろ
う。
ガブリエルが最後に見たムリエルの顔は、実に晴れ
やかであった。
そして彼の最後の任務だろうか、腐り果てていた楽
園の果実は、再びみずみずしく美しい果実に戻って
いたのだった。