楽園の叫び〜1
霊獣達の王セレンの森から「秘密の聖域」へと帰っ
て来たウリエルは、さっそく夫アスタロトに報告を
した。ずっと妻の身を心配しながら帰りを待ってい
た彼は、セレンがウリエルに理解を示してくれた事
へ安堵したのだった。
ただアスタロトが一番心配していたのは、やはり主
天使である老天使達の強硬なまでの深淵の森排除で
あった。
「私はハシュマエル様に会わなければならないわ。
それが、セレンとの約束なの」
「でも、何か手はあるのかい?あの頑固集団の厄介
さは、うちの"ラスボス"の比じゃないしな」
アスタロトが天使だった頃の主天使達の特殊性を思
い出し、ウンザリした表情をした。
「大丈夫よ、大丈夫…… 。私には考えがあるの」
そう言ったウリエルの脳裏には、例の羽根の持ち主
ムリエルが浮かんだのだ。
「その前に生徒達に説明しなきゃ。そうじゃないと
、セレンの事を誤解したままになるわ。きっと気が
休まらないと思うの」
そして翌日、ウリエルは生徒達の待つ「太陽の間」
へと向かったのだが─── 。
「ウリエル様!楽園が大変な事になってます!」
彼女を待っていたのか、ウリエルが天使界に着くそ
うそうに天使達が大騒ぎし駆け寄ってきた。
その中には、ウリエルが休み中の代替のダラの姿も
あった。
「どうしたの?ダラ。ちょっと落ち着いて!」
あまりのパニックを起こし今にも卒倒しそうなダラ
を、ウリエルは抱きしめ落ち着かせた。
「楽園の果実が…… 楽園の果実がすべてダメになって
るんです!」
「ダメに、て?」
「全部腐ってしまってるんです!」
と、別の天使が。
(楽園の果物がすべて腐ってしまってる?)
─── いったいどういう事?
「ああ、これでは今年の舞踏会用の飲み物が作れな
いわ!"父"へ捧げる事も出来ない…… 。どうしましょ
う…… 」
「でもどうして?あり得ないわ!」
「私達も原因がわからないんです。楽園の監視隊の
方々に調査してもらってるのですが」
(監視隊員に…… ?)
「そう…… 。ガブリエル様はこの事を知ってらっしゃ
るの?」
「今そちらへ行かれてます。ラグエル様も一緒です
けど…… 」
(ラグエルも?)
天使達はウリエルとラグエルとの確執を知っていた
せいか、彼女の顔色を伺うように最後の言葉が小さ
くなっていた。
「わかったわ、私もそちらへ向かうわ。いいわね?
取り乱しちゃだめよ。これには必ず理由があるはず。
"父"に仕える者として冷静でいなきゃだめよ」
周囲の天使達を落ち着かせた後、ウリエルは楽園へ
と飛び立って行った。
その際、ふと、セレンと霊獣達の事が脳裏を掠めて
いった。
(セレン達は大丈夫かしら…… )
楽園に着くと、さっそく"確執"の相手が─── 。
「ウリエル殿!この酷い有り様、あなたに覚えはあ
りませんか?」
ウリエルは周囲を見渡すと、あきらかに森の木々に
生ってるはずの果実が、全て黒く変色していたり
崩れかけてしまっている。
(ひどい!いったい何が起きたの?)
例のキンキン声が響く。相変わらず金髪のショート
ヘアを撫で付けてあるラグエルは、猫のような目を
ますます吊り上げさせた。
「あなたはハシュマエル殿の計画に反対してると聞
いてますよ」
ハシュマエルの計画─── セレンの森を地上に移す
事だろう。
「はあ?もしかして私が関与してるとでも?」
「違いますか?」
「ラグエル殿、あまりにも失礼ですよ!(口を)慎み
なさい」
静かだが、それは口答えの許さぬ声だ。
ラグエルと先に来ていたガブリエルは、一瞬にして
彼を黙らせた。
ラグエルはばつの悪そうに、口先で「すみません」
と言った。
「ガブリエル様、この状態はいつからなのですか?」
「さあ…… それは監視隊員が調べ中です」
「ガブリエル様、ちょっとおかしくありませんか?
監視隊員達は何をしていたのでしょう?いつもの
自分達の任務を遂行していれば、原因を発見出来た
のでは?」
すぐ側にいるラグエルに聞こえぬよう、ウリエルは
ガブリエルにこそっと小声で囁いた。
「─── 確かにそうね。後で彼らに聞いてみましょ
う。それと─── 」
と、その時だった。
真っ白な光が帯を作り、それが渦を巻いて楽園に降
り立った。
老天使長ハシュマエルと、その部下であるムリエル
とヤーリエルであった。