アルカノとセレン〜11



『あの者の声が聞こえる─── 

    愛しき偉大なる高位の者

    愛しき大天使よ…… 会いたい…… 』



ムリエルの羽根によって僅かに解かれた結界の隙間

から、ウリエルはほの暗い森へと踏み入れた。

踏み入れた瞬間その隙間は、ウリエルが振り返った

時には既に閉じてしまっていたが。

中へ入ると、意外にもそれ程の暗さではなかった。

地獄管理界の象徴的なコバルトブルーよりも、少々

暗いぐらいか。

ウリエルは畳んでいた黄金の翼を大きく広げると、

片手を掲げフワリとした丸い炎の玉を放った。

それは柔らかな光をまとい、くるくる回転しながら

上空へと上がっていく。そしてある位置まで上がる

と"それ"はピタリと止まり、サアーッとオーロラの

ような光の帯を広げていった。

それは美しく幻想的で、聖霊獣達の森を演出するに

は効果的であった。

しかし─── 。


(動物達は…… 。動物達の姿が見当たらないわ)

「きっと怯えているんだわ。主天使からの理不尽な

仕打ちに、彼らは自身に起きた事を理解出来ないで

いるのよ。可哀想に…… 」

キュッと唇を噛みしめ、森の奥へとウリエルは進ん

で行く。


オーロラの輝きに彩られた森の中を、このまま只進

んで行くかと思われた時だった。

やがて次々と、淡く白く輝く"何か"が現れ始めた。

あるものは木々の陰から、またあるものは地面を這

うように。そしてウリエルの頭上からは、フワリと

翼を持つものが舞い降りてきた。


「あなた達は…… 」

いつの間にかウリエルの周囲には、白く輝くもの達

が集まりだした。最初は白い玉のようなものだった

のが、やがてそれは徐々に形を成してきたのだ。


「ごきげんよう、聖霊獣達よ。私はウリエルです。

あなた達の王セレンに会いに来ました」

静かに、太陽の息吹きを送るように、ウリエルは翼

を優雅に羽ばたく。森を照らすオーロラは、翼の動

きに合わせ揺らめいた。


「ウリエル様、お待ちしておりました─── 」

小さな、囁くような声が足元から聞こえた。見ると、

それは一匹の白い蛇であった。その蛇のウリエルへ

の挨拶を合図に、周りの霊獣達が彼女の下に集まり

始めた。

その者達は集まると、皆揃って大天使の前にひれ伏

す格好をとり、恭しく頭を垂れた。

角を持つものは脚を折り曲げ、しなやかな体を持つ

ものは地獄界の番犬達のように"伏せ"をし、小さき

もの達は美しい天の使いに甘えすり寄る。

皆それぞれに、大天使ウリエルを讃え敬った。

そんな霊獣達に応えるように、ウリエルは彼らの前

にひざまずく。


「聖霊獣のすべてのもの達よ。私ウリエルを通し、

"父"からの加護を授けましょう。太陽からの恵みと、

神聖なる光をあなた達のもとへ」

優雅に羽ばたく翼は、柔らかな輝きを増し始めた。

天からの祝杯のように降り注ぐ光は、動物達の魂を

癒した。


「ああ、ウリエル様!あなた様には感謝しかありま

せん。我々の王セレン様も喜んでることでしょう。

さあ、わたしについてきて下さい」

白蛇は相変わらずの囁き声で、自分について来るよ

う先をスルスルと行く。

頭上にはオーロラが波打ち、森は大天使の光を受け

輝く。その中を進んで行くと、やがて開けた場所へ

と行き着いた。


「ああ…… なんて美しい!」

霊獣達の王の聖域はウリエルも初めて来る場所で、

同じ楽園内でも他の場所とは明らかに違う、異質な

"空間"であった。

目の前には白く輝く湖が広がり、その湖を囲むよう

に幹や枝をくねらせた白銀の木々が"支配"していた。


そこはセレンの安息地─── 。

決して侵す事を許さぬ、深淵の王の安住の地であっ

た。