アルカノとセレン〜6
幸い?にベルゼブブは留守のようだった。
アスタロトは「やれやれ」とホッと胸を撫でおろし、
大事な私物をまとめていた。
夫の手伝いをしていたウリエルは手にしたCDケース
を振ってみたり、何故か匂いをかいだりしている。
「アス、これなあに?」
「ああ、CDっていって─── 」
笑いを堪え説明しながらも、妻のちょっとした"ぬけ
た"仕草が愛おしくてたまらないアスタロトだった。
一方ウリエルは、アスタロトの私物を整理してる間
も、楽園の森の王セレンの事を気に掛けていた。
(次は"彼"に会いに行かなきゃ…… )
やがて二人は作業を終えると、「秘密の聖域」へと
帰って行った。
『ウリエル殿よ……
太陽と炎を司る偉大なる天使よ
あの者は再び我の森へ現れるだろうか─── 』
"父"からの燦々たる光さえも届かぬように、繭のよ
うな結界で覆われてしまった霊獣達の森。
その憐れなる深い森の中、霊獣の王セレンは太陽の
大天使を思う。
「セレン様、私には感じます。そのうち、あの天使
が再び現れるであろうと。そして、あなた様に"父"
からの加護を与えて下さるだろうと」
細長いその者はセレンに寄り添うと、シュルシュル
と二股に割れた舌を鳴らしたのだった。
"父"の加護を受け、目映いばかりに光を受けた楽園。
そのうちの動物達の聖霊─── その聖霊達を守り続
ける王セレンの森は、今はその加護からも見放され
た死にゆく森へ成りはてようとしていた。
「私、セレンに会ってアルカノの事を伝えるわ」
やっとアスタロトの残りの荷物を新居へ移した後、
ウリエルは夫にこう告げた。
「その前に生徒達にも今回の件、ちゃんと説明して
おくべきだと思うの。アスはどう思う?」
(セレンの事ばかり気に掛けて、授業をないがしろに
してはいけないわ。生徒達も、私にとっては大切な
存在だから)
「ああ、そうだな。楽園で何が起こってるのか、
すべて子供達に話した方がいい。じゃないと生徒達
だって不安だろ?ほら、例の少年達だって。禁断の
森へ行こうとしてた子達さ」
運び込んだCDをラックに並べていたアスタロトは、
当然のように言った。
(そうだ、ダニエル達はもう大丈夫なはずだけど、
それより…… )
『一度彼に目をつけられると、決して逃れられな
い』
それに、女子生徒の一人ルルがダニエル達に伝えた
言葉が気になる。
ウリエルは、ふと手にした一枚のCDジャケットを
見た。偶然か、手にしたジャケットのデザインは、
凄まじい炎を吐き出している獰猛そうなドラゴンだ
った。まるで雄叫びを上げているかのように、空に
向かって大きな口を開け業火を吹き上げている。
(セレンもこんな恐ろしい姿なの?)
まだ見ぬ聖霊獣の王の姿を想像し、ウリエルは愕然
とする。
─── 私、あなたの姿を勝手に恐ろしい姿だと考え
てしまった…… 。なんてことなの!
あなたがどんな姿であろうと、私はあなたを太陽の
翼で包み込むことでしょう。
ウリエルはそっと、CDジャケットに描かれたイラス
トを撫でた。