アルカノとセレン〜4
アルカノへ"想い"と讃美歌を届けた後、ウリエルと
アスタロトはルシフェルの下へ戻ったのだが。
「罪人達を癒してどうするんだ!お前の勝手な愚行
が、どういう影響を及ぼすのかわからぬのか!」
雷の如く、ウリエルはルシフェルから怒りを買って
しまった。
予想もしていなかった彼からの厳しい叱責に、ウリ
エルは戸惑いと反発を覚え、こう反論した。
「私はアルカノの希望を叶えてあげただけです!
それに、あの場所への出入りを許可したのはあなた
ですよ!」
「入るだけだ!地獄界がどういう場所なのか、お前
が一番知ってるだろ?以前、お前も(地獄界の)支配
者だったのだからな」
「もちろん理解してますわ!でも、それと─── 」
「決して"父"からの加護が与えられぬ地上の罪人ども
は、永劫罰という苦しみを味わなければならないの
だ。そこには情も、赦しも、いっさい与えられぬ!
アルカノの希望だと?アルカノが棲まう場所は何処
だ?すべて腐りきった人間どもが蠢く地獄の海なの
だ。懺悔も許されぬ者達に、お前は何をしたかわか
ってるのか!」
ぐうの音も出なかった。
だが、彼女も頑固さではルシフェルに負けてなかっ
た。
「私は間違った事をしたとは思いません!彼に送っ
た讃美歌は、あくまでもアルカノの為です。罪人の
為などではありません!」
「もうそれ以上言うな!いいか?この先地獄界で、
わたしの許可なしでの勝手な行動は許さぬ。それが
出来ぬのなら、あの場所への出入りは永遠に禁止だ
!この地獄界と管理界を支配するのはわたしであり
、わたしの聖域なのだからな。天使界の高位の者だ
からと思い上がるな!」
あまりにも手厳しかった。
激しいまでに怒りをあらわにする地獄管理界の支配
者に、ウリエルはそれ以上の反論も出来ず、唇を噛
みしめ立ち尽くすだけだった。
(思い上がりですって?私は只…… )
同じ"空間"にいたサマエルは、只おろおろするばか
りで、"ボス"と大天使を交互に見てるだけだった。
(アス…… ?)
─── そういえばアスったら、さっきから黙った
ままだわ。
何とか彼に言ってやってよ!
いつもなら、無条件に彼女の味方するはずなのだが
…… 。
(何故何も言ってくれないの?)
「アスタロトよ、お前がついていながら何故注意を
しなかった?立場というものを考えろ!もういい、
さがれ」
怒りの表情を張り付けたまま、ルシフェルは背を向
けてしまった。これ以上お前とは口論するに値しな
い、という事か。
「申し訳ありませんでした。─── 行こう、ウリエ
ル」
ウリエルの肩にそっと掛けたアスタロトの手は優し
かったが、だが、有無を言わせぬものが伝わって来
ていた。
(何故謝るの?どうして…… )
悔しさでいっぱいのウリエルは唇を噛みしめ、怒り
を何とか抑えようとした。
だが最後に、これだけは言っておこうと思った。
「ルシフェル様、お願いです。アルカノの"言葉"
─── "思い"に耳を傾けて下さい」
徹底的に彼女を無視するつもりか、ルシフェルの
背中とウリエルの間には完全なる重い扉が閉められ
てしまった。
「ルシフェル殿、この先どうされるおつもりで?」
二人を心配したサマエルは、ウリエルとアスタロト
の退室後恐る恐る尋ねた。
(この方は、いったい何をお考えなのか)
相変わらず無愛想に鎮座していた巨大な鏡を、地獄
管理界の帝王は黙って見つめていた。
その先に、彼の灰色の瞳には何が映っているのだろ
うか。