老天使界の思惑〜1



─── セレン…… 深淵の森の王よ。

あなたの哀しくも残酷な過去を、少しでも私の翼で

癒してあげたなら。


ベリアルからセレンの真実を知った後ウリエルは、

さっそく楽園へと飛び立った。だが、セレンの聖域

である深淵の森に着いたウリエルは、その変容に愕

然としたのだった。

暗闇の世界へと誘うかのような動物霊達の森の入口

は、蜘蛛の巣のような結界で覆い尽くされ、それは

まるで巨大な繭を思わせた。

「なによこれ?…… ひどい!」

目の前の"結界"に呆然とし、暫しその場から動く事

さえ出来なかった。だが、"結界"の犯人が誰なのか

すぐに気づいたのだ。


─── ハシュマエル様だわ!


楽園の上空を監視隊の天使達が旋回していたが、

それは彼らにとって通常任務。だがウリエルにとっ

て、それさえ忌まわしく思え、天空を仰ぎ睨みつけ

た。今すぐにでも彼らの下へ飛んで行き、怒鳴りつ

けたかった。

「あなた達!ハシュマエル様の行為をただ見ていた

だけなの?これは明らかに違法行為でしょ!何の為

の監視なの?」と。

だが、そんな事は無駄だと分かっている。相手は何

といっても、主天使界の最長老であり長官なのだか

ら。


動物の聖霊達の安息地を覆う"巨大な繭"に、ウリエ

ルは太陽のプロミネンスの如く怒りを燃え上がらせ

た。そして─── 。


ウリエルは右手を高々と掲げると、地獄の業火の

如く炎を舞い踊らせた。そしてその炎を、結界張り

巡る深淵への入口に向け放った。

激しい轟音と共に放たれた猛火が、結界を破らんと

襲いかかる。それは、大天使ウリエルの意思と共鳴

するかのように、怒り狂うドラゴンの如く舞う。

だが─── 。


「─── !」


巨大な繭は、何事も無かったかのようにビクとも

しなかったのだ。"ひび"さえ許されなかった。

ウリエルは再び炎を舞い上がらせると、今度は猛火

の剣を出現させた。炎の剣をくるりと回転させると

、そのまま勢いで結界を切りつけた。

しかし、それさえ不発に終わったのだった。

それ以降も、炎の鞭も、どんな「太陽の天使」の力

を以てしても無駄だった。

相変わらず巨大な繭は、ウリエルの存在すら気づか

ぬように、只々沈黙を守っていた。


「そんな!」


(ああ、私はどうしたら…… )

ウリエルは悲壮に暮れ膝をつき、閉ざされてしまっ

た深淵の森へ目を向けた。


セレンよ、今あなたはどんな思いを…… 。


傷つき、信用していたはずの天の使いからも見放さ

れた動物霊の守り主に、ウリエルは天界の者として

責任を感じずにはいられなかった。

「ごめんなさい…… 本当にごめんなさい。私もかつて

は楽園の監視隊の者です。もっと早くに、あなたの

事を気に掛けていたなら」

ウリエルはハシュマエルの羽根で覆い尽くされた

入口付近に手を添えると、森の王に優しく語りかけ

た。それがたとえ届かぬとも、自身の黄金の翼に誓

う。

「セレン、ベリアル様からあなたの過去の全てを

知りました。"真実の実"を守っていた事も、そして

、最初の人間アダムから酷い目に合わされた事も。

さぞ、苦しかったでしょう。人間が憎いでしょう。

今すぐにでも私の翼で癒してあげたい…… 」

残酷に殺されたセレンの過去を思い、ウリエルの

頬に真珠色の涙が伝う。だが、森の王に伝えなけれ

ばならない事があるのだ。

彼女はそっと涙を拭うと、見えぬ相手を真っ直ぐに

見つめた。


「セレン、私の声が届いてますか?是非私の話しを

聞いて欲しいの 。今、あなたの王国が危機にありま

す。この大切な、あなたが守る動物達の聖域が、地

上に移されようとしてるわ。でも私がそうはさせな

い。絶対守るから…… 守るから…… 。セレン、あなた

と全ての動物達に"父"の御加護を」


「太陽の天使」として、「神の光」として、ウリエ

ルは力強く決心する。目映い"父"の天を仰ぎ、凛と

した翠色の瞳は「主天使界」へ向けられた。

そして雄々しく大きく翼を広げると、主天使界へ

向け飛び立って行った。



「セレン様、あの天使は?」

『ウリエル…… 太陽を司る者…… 』

「"太陽を司る者"…… ですか?」


『会いたい…… 我はウリエル殿に会いたい』