王の秘密〜9



人間の体内を巡る血管と内臓を思わせる書棚に囲ま

れながら、アスタロトはウリエルから受けた相談を

アスモデに話した。

ウリエルの生徒達が、聖霊獣の守り神であるセレン

の怒りを買ったのではないか?そのセレンの聖地で

ある森を、主天使達は地上へと追いやるつもりだ、

等である。


「─── そうだったのか。アス、力になれなくて

すまんな。その、ウリエルの生徒達が心配だけどな

…… 」

がさつだが、優しい相棒にアスタロトは胸を熱くし

た。

「いや、こっちこそ付き合わせてすまんかったな。

ありがとう…… 」


ウリエルの生徒達の行為は、幼い故とはいえ軽はず

みだった。セレンの怒りのせいで、楽園が危機に陥

るかもしれないと主天使達が考えるのは自然だろう。

「だがな、俺に言わせれば、ハシュマエルは生徒の

違法行為を口実にしてるだけさ。セレンを楽園から

追い出す良いきっかけを見つけたと、奴は喜んでる

のさ。老天使界の本心なんてそんなもんだろ?特に

最長老であるハシュマエルは。『天界の統制』とい

う任務に陶酔してるんだろうよ!」

アスタロトは老天使界への容赦の無い批判を口にし、

神秘的な青い瞳に怒りを滲ませていた。

「俺、ウリエルの事も心配なんだよ。そのうち彼に

会いに行くと言ってる」

「セレンの"真実"を知る為、だな?」

「ああ、彼女はセレンの事もそうだけど、あの森に

眠る全ての霊獣達を守ろうとしてる。……本当に優し

いよ、彼女は。勇気があって、正に『太陽の天使』

だ。俺は 、彼女のそんな所も愛したんだ」

先程まで見せていた瞳の中の怒りの炎は、一人の大

天使の愛で柔らかな炎に変わっていた。

「ただ、霊獣とセレンの怒りは、天界の者ですら簡

単には抑え込むのは難しいと思う。しかも主天使達

が、自分らの住処を荒らすような真似をしようもの

なら─── 」

「セレンの怒りは尋常じゃないだろうな」

「ああ…… 。結局、我らの"父"にしか制御出来ないと

思う」

はて─── どうしたものか、とアスタロトは悩み 、

アッシュブロンドの髪をかき上げ机に突っ伏した。


「いっそルシフェル様に相談するしかないんじゃな

いか?」

「ん〜……ルシフェルねえ…… 」

アスタロトにしたら、余りルシフェルの力を借りた

くないようだ。だが、そうも言っていられないだろ

う。愛する妻の事を思えば。

「そうだな。ダメ元で聞いてみるか」

(どうせ『わたしには関係の無い事だ』って断られそ

うだけど…… )


「ところでよ─── 」

(来たっ!)

アスタロトは、相棒の好奇心に満ちた瞳に身構えた。

「なあ、どうよ?新婚生活は」

早く教えろよ!とばかり、アスモデは身を乗り出し、

何故か自分の事のように興奮している。

「それがさ─── 」

アスタロトはもう一度机に突っ伏す真似をし、そし

て─── 。

机から上げた顔には、怒りの鋭い眼差しは何処へ行

ったのか、デレて目尻が下がりっぱなしの表情でい

っぱいだった。

「もう、最高ーーーーっ!!!」

後はアスモデが「もういい!」と呆れるまで、惚気

のオンパレード。

「もうさあ、彼女の可愛らしさって言ったらないよ

!俺……俺……ウリエルと一緒になれただけで幸せな

のにさ、毎日が"父"からの恩恵のように幸福で満ち

溢れているんだよ!どうしよう……この気持ち!」

しょうがねえなあ、と苦笑しながらも、親友の幸福

を素直に喜んであげようと思うアスモデだった。


「で、どうだった?」

相棒の聞きたい事は、どうやらここからが肝心のよ

うだ。

「─── えっ?何が?」

「何って……わかるだろ?その……初夜だよ。"初夜"!」

(何だよ!結局それ聞きたかったのかよ。このスケベ

野郎が!)

「ああ、実はその……初めてじゃないんだ、俺達」

「─── えっ?」

「もうすでに一晩過ごしてるんだ。アザゼル事件が

解決した後か─── 。俺、その時『舞踏会』の絵を

描いていてさ。ウリエルと初めて踊った、楽園での

舞踏会を」

その時を思い出したのか、アスタロトの言葉にも熱

を帯びる。

「彼女に告白したよ。『舞踏会の絵が完成したら、

一晩一緒に過ごして欲しい』と……」

アスモデはヒュッと短く口笛を鳴らした。

「そうだったのか─── 」

"いにしえ"の時代から一人の大天使へ愛を捧げ続け

た友人に、アスモデは感動で泣きそうになった。

我ながら単純だな、俺……とアスモデは自身に呆れた。


"涙目"を悟られまいと何気に出入口に目をやると、

丁度司書のコバルスが入って来た。何処かの酒場で

一杯ひっかけてきたのか、痩けた頬が赤く染まり、

上機嫌だった。

アスタロトも気付き、「おいコバルス!サボってん

じゃねえぞ!今度こそ地獄獣の牢屋に入れてやるぞ

!」と脅してやった。

「ヒッ!す、すいませんすいません!後生ですから

ご勘弁を!」

逃げるように慌てて司書室へ駆け込む彼を睨み付け

ていたアスタロトだったが、アスモデと顔を見合せ

ると、途端に二人して大笑いしてしまった。

「んったく、あいつ懲りねえよなあ!またやるぜ」

「ホントに地獄獣の牢屋に入れるのか?」

「んなわけねえだろ。チンケな理由とチンケな野郎

で大事な牢獄を埋めるわけにいかないだろ?」


そんな事よりも振り出しに戻ってしまった─── 。

「やっぱ"頼みの綱"はルシフェルに行き着くのかな

…… 」

その後は結局は結論が出ないまま、図書館を後にし

た二人だった。

図書館から出る時、わざとらしく神妙な顔つきで

司書席に座るコバルスに目をやったのだが。

その際、何だか分からないが、頭の隅にチラリと掠

めていく"何か"を感じた。

(あれ?俺、さっき何か大事な事言ったような…… )

思い出そうにも、それは霧のように消えて行った。


まあいいか─── 。そのうち思い出すだろう。

だが、それは暫く思い出す事はなかったのである。