深淵の森の王〜3



柔らかな"父"からの聖なる光の中、大天使ウリエル

の生徒数人が寮のある一室で、まるで餌をついばむ

小鳥のように額を寄せ合い、何やら小声で話し合っ

ていた。

一人は不安そうに、またある者は呆れた表情に。


「━━━ で、結局あなた達逃げて帰って来たわけな

の?」

こう呆れた顔で非難したのは、ウリエルの女子生徒

の一人ロジータ。

「だって、"暗がり"が攻めて来たんだもん・・・」

「に、逃げたわけじゃないよ!本当さ!余計な事

言うなよ、リコ!」

モゴモゴ言う気弱な友人に対し、ムキになって反論

したのは巻き毛がキュートなダニエル。最初に「深

淵の森」へ誘い出したのも、このダニエルだった。

「ウリエル様が警告していたじゃない。"あそこ"は

私達のような未熟な天使が行ってはいけない場所だ

って」

しっかり者らしく、ロジータはまるで学級委員長の

ような口調だ。

「『規則』でしょ。『規則』は守らなければいけな

いのよ!」

「そうよ!ウリエル様のおっしゃる事は絶対よ!」

赤毛のリアも鼻息荒く、舞踏会時のパートナーだっ

たダニエルを責めた。

「・・・」

口を尖らせ黙る彼に、今度はそばかすのルルまでが

追い打ちをかける。

「あの森の奥には、地上で死んでいった動物達の魂

を守る王が潜んでるって聞いたわ。そして、その王

に一度目をつけられると、決して逃れる事は出来な

いと・・・」

"決して逃れる事は出来ない"の所で、ルルはわざと

声を低くした。

この"脅し"が効いたのか、ダニエルは顔を強ばらせ

、今にも泣き出しそうに身を縮こまらせた。

だが、プライドが勝ったのか「う、嘘だあーっ!

天使は嘘ついちゃイケないんだよ!」と強がり、

無理に笑顔を作る。

だが、それは失敗に終わったようだ。


「どうしよう・・・」

先程の強がりは何処へやら。

たちまち彼のつぶらな瞳が潤み始めた。

これには流石にロジータも彼を気の毒に思い、何と

か元気づけようとしたのだが。

「大丈夫よ!きっと・・・。きっと"父"が守って下さ

るわ!たぶん・・・」

「たぶん」で、ますます顔を曇らすダニエルだった。


「さあ、いい加減あなた達自分の部屋に戻りなさい

よ!そろそろ、見回り天使が来るわよ」

ロジータは手を叩き、男子天使達を追い払う真似を

する。

「"お爺ちゃん天使"に見つかったら大変でしょ!」

"お爺ちゃん天使"とは、勿論老天使の事である。

口うるさい老天使は、何かと女子天使と男子天使の

交流について厳しい監視をしてくるのだ。

「今の話し、他の生徒にしちゃダメだからね!絶対

だよ!」

部屋から出る際に、ダニエルはもう一度口に人差し

指を持ってくると「しーっ!」と、念押しする。

心なしか、彼とその友人達は来た時とは違い、力無

く帰って行った。


「ねえ、ダニエル達の話しだけど━━━ 」


男子生徒が行ったのを確認するかのようにドアを見

つめていたリアが、部屋には三人しかいないにも

関わらず、小声でこう切り出した。

「ちょっと興味ない?」

「えっ?何言ってるの、リア。たった今、あの子達

に注意したばかりでしょ?」

「ん、ん・・・そうだけど」

「さ!もう忘れましょ。そして"父"の為に祈るのよ。

輝かしい明日への感謝を忘れずに」

「ええ、そうね・・・」


ふぁ〜・・・


と、背後から間の抜けた声?というか音が。

ルルが部屋中の空間を吸い込むような、大きな欠伸

をしたのだ。

「んもう!ルルったら!」

「もうダメ・・・。私先寝るね」

このルルの一言が効いたのか、他の二人も急に眠気

を覚えた。そして、三人はフワフワなベッドに潜り

込むと、静かな眠りについた。

ただ、夢の入り口辺り、ロジータはリアの好奇心で

染まりゆく瞳を見た気がしたのだった。