天使の歌声〜1


     『わたしは想う  あなたの事を
         いつかこの歌声が あなたの下へと届くよう
         わたしの白き翼の如く 天の如く 
         雷鳴の如く 森を駆け抜ける清流の如く
          
         聖なる光に見る祝福よ
         父への賛美を奏でよう
         わたしの心は眩しき光の世界へと飛び立つ
         大いなる そして偉大なる鷲の如く
         
         わたしは想う あなたの事を
         いつかこの歌声が あなたの下へと届くよう』
                   

━━━ 何処からか歌声が聴こえる。
懐かしい歌声だ。
君・・・なのか・・・?
いつか、まだ楽園が地上にあった頃よく君は歌って
くれたね。
二人で楽園を偵察した後、ほんのわずかな休息に。
光る輝く湖の畔での楽しかった一時。
歌声はもしかしたら僕への贈り物なのか?

ゼフォンは再び天界への大階段の途中に立つ。
愛しい"あのひと"が住まう天界を見上げ、何処から
か聴こえて来る歌声に心奪われていた。

いや、これは自分にしか聴こえないのか?

階段付近や下を往き来する管理界の住民達は、普段
通りの顔をしている。
ゼフォンに降り注ぐ"歌声"は、どうやら彼にだけに
しか聴こえないようだ。

━━━ ああ、君に会いたい、イトゥリエル。
こんなにも・・・こんなにも苦しいなんて・・・。
舞踏会での君は本当に光り輝く美しさだった。
ずっと永遠君と踊っていたかった。
僕の腕に、体に伝わる君の温もりが忘れられない。

天使の"歌声"に魅了されたままゼフォンは、舞踏会
での記憶へと飛んでいた。


     『わたしは想う あなたの事を
         いつかこの歌声が あなたの下へと届くよう
         ━━━━━━ 』


また天からの歌が繰り返されていた。
その歌声は切なく、ゼフォンの胸の奥深くざわつか
せ突き刺さる。
いつしか涙が頬を伝っていた。

そんな時だった。
誰かが自分の名を呼んでいる。

「ゼフォン!━━━ ゼフォン!」

霧のかかったようにぼんやりとした頭が、次第に晴
れてゆく。
夢から覚めたような目で、ゼフォンはゆっくりと首
を回した。

「おい、ゼフォン!お前大丈夫か?」

そこには、何故かいつも自分に声を掛けて来る、アザ
ゼルの姿があった。
相変わらず無精髭の冴えない奴だと、ゼフォンは迷
惑そうに彼を見る。
髭を整えるか剃るかすれば、なかなかのいい男なの
だが、惜しい奴だ。
彼は別にゼフォンの友人でもなかった。
(と、思ってるのは自分だけなのか?)
勝手に自分の事を親友だと決めつけてるのか?
だとしたら、余程図々しい奴なのだろう。
だが、ゼフォンは何故か彼の事を無下に出来なかっ
たのだ。
それは何なのかは分からなかったが。

「なんだ、あんたか・・・」
「なんだは無いだろう?」
ギョロリとした目を向け、おかしそうに笑う。
(何がそんなにおかしいんだ?)
「お前さあ、いつもここでボンヤリと見上げてるけ
ど、何かあったか?」
アザゼルは天に人差し指を向け、こう聞いた。
「いや、別に・・・」
何でこんな奴に説明しなければならないんだ、と
ゼフォンはぶっきらぼうに言った。
「あ、そう」
意外だった。
もっとしつこく聞いてくると思っていただけに、彼
は少々拍子抜けした。


     『わたしは想う あなたの事を━━━ 』


またあの歌声だ。
はっと天の光を仰ぎ見た。
だが、歌声は次第に小さくなり、そのうちかき消さ
れていった。

(イトゥリエル・・・)

ゼフォンは静かに階段を下りて行った。
もうそこにはアザゼルの姿はなかった。

(あいつは?━━━ まあ、いいか)

まるで蛇のような奴だ。
音も無く近づき、音も無く去って行く。
ゼフォンは彼の事を、時折気味悪く思った。