天界の舞踏会〜27


二人の間に、気まずい雰囲気が広がる。
ウリエルは頬をほんのりピンクに染め、横を向いて
いる。

「えっと、この間はごめん・・・。びっくりさせ
ちゃったね」
まだ彼女は横を向いたままだ。長い睫毛に、アスタ
ロトは釘付けになってる。
「ほら、僕はデリカシーが無いからさ・・・」
「ホントよ」
ウリエルが、ボソッと呟く。
「えっ?」
見ると、ウリエルはちょっと頬をふくらまし、ちら
っとアスタロトを睨んだ。
彼女は抱えていた巻物で、アスタロトを叩くフリを
した。どうやらウリエルは、ほんの少し機嫌が治っ
たようだ。
それを見たアスタロトに、笑顔が戻る。
「あいつ(アスモデ)の事もごめんな。ガサツなヤツ
だけど、悪いヤツじゃないんだ。マモン事件の時も
協力してくれたしさ。だから許してやって欲しいん
だ」
アスタロトは、ウリエルからの言葉を待った。
「わかってるわよ。あなたの大切なお友達だって事
も。じゃなかったら、今頃丸焦げにしてやっていた
わ」

ははっ・・・ウリエルらしいや。

「夢を見たんだ。とても遠い昔の、懐かしい記憶
の・・・」
「・・・夢?」
アスタロトは、とても不思議な夢を彼女に話した。
「そして思い出したよ。君は最初の頃、髪はとても
長くて、美しくなびいていたのを覚えているよ」
腰まであった髪は、今は胸のあたりまでになってい
る。

「君は何故か泣いていた・・・。怒ってもいた。
あれはもしかしたら、夢ではなくて、遠い記憶だっ
たのかもと思ったんだ」
ずっと聞いていたウリエルは、ふと表情を硬くした。
その表情を見たアスタロトは、これ以上夢の話しは
やめようと思った。
いつか 、話してくれる日が来るかな━━━ 。

「ねえ、ところで見せたいものって何なの?」
そんな記憶を振り払うかのように、いつもの彼女の
気丈さが戻っていた。
(そうだ、肝心な事を・・・)
「実は 、これなんだけど。見てくれるかな?」
ウリエルは、ちょっと身を引いた。
「だ、大丈夫だよ。今度は脱がないから」
アスタロトは、シャツの袖をまくり始めた。
そして・・・。

左腕に描かれた、大天使の片翼の刺青。
それは、ウリエルの目にも美しく映っていた。
「すごい・・・。これ、あなたが?」
「ああ!君に見てもらいたくてさ。これはね、君の
翼だ。いつも一緒にいたくて」
ウリエルは美しい刺青が気に入ったのか、それに
触れようとした。だが、それだけだった。
「まるで本物みたい・・・」
「だろ?なんたって僕は、あのカラヴァッジョを
指導していたからね!」
「ええっ!そうなの?」
「・・・嘘だよ、冗談だよ(笑)!」
ウリエルは吹き出してしまった。
「あいつは僕の力なんてなくたって、生まれながら
の天才さ」
二人は笑い合った。
まあ確かに、他の画家に対し指導したのは事実だ。
たまに老天使とかち合ってしまい、激しい議論を
交わした事もあった。その時は、アスタロトの方
がしぶしぶ引き下がったが。

「その髪型、可愛いね。でも僕は、髪を下ろしてる
方がいいかな」
「そう・・・?」
アスタロトは彼女から『余計なお世話よ!』と、言
われると思ったが、意外とウリエルは素直に受け入
れた。
そしてリボンに手をかけスルッと外し、まとめてい
た三つ編みを解いた。
金色のウェーブの輝きが、アスタロトの目の前で
舞う。ふわっと良い香りが、彼の鼻をくすぐる。
「これ、あげるわ」
ウリエルは持っていたリボンを、アスタロトに渡し
た。

「そしたら、もう行くわね。ルシフェル様ったら、
少しでも遅れるとうるさいから」
そう言って、ウリエルは笑った。
「じゃね・・・」
「じゃあ!」
ウリエルは小走りで去って行った。

あぁ・・・今日は頬にキスは無しか。

アスタロトは、ちょっとガッカリしたが、幸せな
風が吹き抜けたのを感じた。
手の中のリボンを、しっかり握りしめながら。