クリパルヨガの神髄は自己探求にあります。ポーズをとるのも、呼吸を調えるのも、そのための手段です。
ポーズが手段であるなら、それ自体は達成しなくてはならないゴールでないということです。

「完成したポーズが大切なのではなく、そのポーズを作っていく過程を大切に楽しむ事が大切です。

5つのクレーシャ=5つの煩悩、無知、自我意識、欲望、嫌悪、そして死への恐怖
無知とは、
単なる知識の欠如ではなくて、その本性(自性)を悟っていないという意味
一時的なものを永遠なものとして、
不純なものを純粋なものとして、
苦しみを喜びとして、
そして非自己を自己と見なすことである。
好きな人が嫌いな人にそしてまた好き
助けて助けられてまた助け
身方から敵へそしてまた身方に
無常です、そして全ては無知から、
無知=無明
「好き嫌いなく、何事も心ひとつの置き処」
恐れ
「恐れの克服」
恐れ=嘘(偽りの世界)、妄想、
恐れの時間が多い=地獄=地獄言葉が多い
恐れの時間少ない=天国=天国言葉が多い
劣等感や恐れが戦争を起こす
「平和になる為の戦い」と言われ、しかし平和は訪れずまた戦争
戦いは戦いを生み平和は産まない。死ぬつもりで戦うなら、死ぬつもりで戦いを回避、
ヨガ=非暴力(アヒーンサ)。
天国言葉(うれしい、ついている、感謝している、ありがとう、しあわせ、たのしい、許します、)=あかり(愛)
地獄言葉(悪口、泣き言、ついてない、不平不満、愚痴、もんく、心配事、許せない)=闇
人間は完璧じゃない、「良く頑張っている」、自分を尊重して尊敬するそして同じように人も尊重して尊敬すれば、天国。
「美しい星、歌が有り、水が有り、緑や花が有る」ヘブンです。
「話には四つの罪がある。
罵る、
淫らなことを言う、
嘘をいったり、
他人が聖なるものとして守っていることを中傷したり、
それをあざ笑うための物語をつくりあげたりする者は、毒へビよりも有害である。
言葉をコントロールすることは、悪意を根絶することにつながるのである。
心の中に悪意がないとき、心はすべての物事に対する慈悲心で満たされる

『マントラ』は「man=思考」「tra=解放」という意味があるそう。『アサナ』は「アーサナム=姿勢」という意味があり「スティラ スカム アーサナム=安定して快適な状態がアサナである」と定義されています。『ヨガニードラ』は「覚醒した睡眠=サイキックスリープ」ともいわれます。ヨガの『呼吸』はプラナヤマと呼ばれカラダの中を流れる「プラナ=生命エネルギー」を引き出したりコントロールするための調気法です。『瞑想』により内なる愛の無限の大海へ帰り、深い安らぎや無限に広がる自由と喜びを実感します。

過去があり今が在る、過去の記憶は織り直せるが、
過去の事実(実際に起こったこと)は不変、今に繋がっている、宇宙にも。

ある日彼は墓地で声を聴いた、
「私たちはいいから、他を」。

「自分が幸せだと気がついた人だけが幸せになれる」 

勇気を持って挑戦すること。「失敗した者だけが成功する」

今ヨガしてるのは自分

原発のお話で犠牲者を減らすため万が一を想定して訓練、
不安をあおるので行わない
情報開示、パニックになるのではないかと後手後手に、
多重性安全装置=同じタイプの幾つかの安全装置、ではなく
多様性安全装置=異なるタイプの幾つもの安全装置が必要、
1000年に一度の天災、2万人の犠牲者
=1年に20人の犠牲者の出る事故が千年続く
千年に一度は明日かもしれない、
そのつもりで100年後の環境を意識した、
対策をとる必要性。

原発=日本=世界の敵

植物連鎖 ( しょくぶつれんさ )

草木国土悉皆成仏 【そうもくこくどしっかいじょうぶつ】

自然との共存 人と人の共生

哲学=自分の言葉
悩みはどこからか来るのではなく、
「自分が悩みを作っている」
自分で悩みをこさえなければ悩みは無い?

暗いからこそあかりに気付く

今の自分が未来の自分達を作る

過去から未来への命の流れの一部

良いお話とかを効いた時(頭の下がる頂き物)
自我の殻が破れる
自分を守ろうとすると気付けない
自分に都合がいいと他人の悪も善に成り
自分に都合が悪いと他人の善も悪に成る
手放す(自分の考え=自我)
心はいつも下座にあれ。

心の磨き方、自省と自助
「友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分中でつくりあげていきさえすればいい。」司馬遼太郎さんが21世紀に生きる子供たちへ向けて書いた文章より。

相反する概念は繋がっている 色即是空、空即是色。
「行うも良し行なわぬも良し」「怒るも良し怒らぬも良し」「悩むのも良し悩まぬも良し」
自分の事だから自分で好きなほうを選べる。=「イエスかノーか」、
「あれもしたい、これもしたい」と思う自分のどの思いが、
「苦」でなく「楽」へ向かう道なのか、
「ただ在りのままに生きる」=「今できる事を知り大切に行う」
「行うも良し、行なわぬも良し」ただ座る、(座禅する)
妄想に囚われない様にマントラ(南無舵)や、息を数える数息感と言うテクニックで、
集中して一定リズムの呼吸により、セレトニンが分泌して神経が落ち着き無になる。
「その時その時ただ生きる」=「今できる事を知り大切に行う」為の訓練、自戒、想像力
「座るも良し座らぬも良し」

ヨギーは偉い、毎日瞑想したり、苦手なアサナの練習をしたり、食事制限したり、
偉いです、しかもふんぞりかえらず、
偉いんだから「許す」、なんか上から目線ですが、
マナーの悪い人たちに我慢するんじゃ無くて「許す」


「物を粗末にすると、いつか人と人が粗末にしあうようになる」
「おはよう」と言っても認知症の母からは言葉は返ってこないが
ほんの一瞬顔が昔のように反応する「そこにいるだけでかけがえのない命」
生きてるだけで存在価値がある
寝たきりでも養護する人を育ててる
命は、連続性。

空気も物も命も、どんだけ頂いただろう測れないほど沢山の空気や物や命=無量、
寿=命、沢山の命が宿ってる
無量寿、
寿命=頂いた=預かった。
賢愚笑苦=陰陽同時に存在する。
色即是空、空即是色