はじめまして。THEATRE for ALL LAB研究員のみずしまと申します。

ふだんは、発達障害当事者活動を行ったり、道端の草や猫と話したりしています。またサニーバンク会員として、文章を書く中で自分の言葉を探すのも、私の大切な時間になっています。どうぞよろしくお願いします。

 

今回100の回路でご紹介するのは、東京都中野区にある、創作活動のできるオープンスペース「アトリエpangaea(ぱんげあ)」さんです。運営法人の社会福祉法人愛成会さんでは、生活介護や就労支援B型事業所、グループホームなどを運営されていますが、「アトリエぱんげあ」は、福祉制度によらない公益活動として展開されています。

 

「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

 

「アトリエぱんげあ」とはいったいどのような空間なのか、運営に携わる玉村明日香さんと、井澤貴子さんにお話をうかがうことができました。
多様性を受け入れる土壌や、言葉によらないコミュニケーションが存在する「アトリエぱんげあ」の空間は、どのように生まれているのでしょうか。

 

(玉村さんが、笑顔で写っているお写真です。玉村さんは、メガネをかけ、黒地に白いボーダーが入った長袖のシャツを着ています)

 

玉村 明日香(社会福祉法人愛成会 法人企画事業部)
2018年に入職。以来、障害者の芸術文化活動を普及支援する事業を担当し、人材育成を目指した研修やイベントの企画・開催に携わっている。
度々訪れていた「アトリエpangaea(ぱんげあ)」の運営に携わるようになったのは約2年前のこと。時には一緒に創作をしたり、何気ない会話をしたりする時間がかけがえのないものになっている。

 

(井澤さんの横顔が写っています。井澤さんは、青いシャツを着て、顔をやや下に向けています)

 

井澤 貴子(社会福祉法人愛成会 法人企画事業部)
障害のある方の創作活動や、地域と連携しアール・ブリュット作品を紹介する展覧会やイベントの開催に関わる業務を行っている。
創作活動、アール・ブリュット作品、障害のある方々の作品を通して、それを創り出す人の魅力に触れた時の感動が日々の活力になっている。

 

(社会福祉法人愛成会の建物外観のお写真です。壁面が木材の3階だての建物で、入り口近くには木が植えられています)

 

社会福祉法人愛成会
1958年の創立以降、東京都中野区にて利用者とともに地域づくり・街づくりへ寄与していく活動を続ける。「人はみんな、自分の人生の主人公」という理念のもと、2004年に地域で暮らす障害のある方々の創作活動の場として「アトリエpangaea(ぱんげあ)」の運営をスタート。所属や年齢、障害の有無を問わずさまざまな人が集まり、思い思いの創作活動が行われる場となっている。

 

多様性の本質に触れられる場所

「アトリエぱんげあ」は、2004年にオープンしました。当初は障害のある方を対象にしていましたが、徐々に地域にとけ込み、現在は障害の有無にかかわらず様々な方が集まっています。

 

また、「アトリエぱんげあ」のある中野は、さまざまな国の飲食店が立ち並ぶ、生活の中で自然に多様性を感じられる地域。

ぱんげあを運営する社会福祉法人愛成会と商店街をはじめ地域の方々との連携で、アールブリュットを紹介するポスターやバナーの掲示、作品展や関連イベントが開催されるなど、地域に根差した活動がさらに広がっているようです。

 

撮影:高石巧

(中野商店街のお写真です。道の両脇には様々な店舗が並び、沢山の人が行き交っています)

 

毎日の生活の中で多様なアートを取り込むことができる街、すてきです。

ですが、多様な人が集まることに難しさはないのでしょうか。

障害のあるなしで求められる役割が違ってきたり、お互いの違いにもやもやしたりしてしまうのでは?

そんな心配は、「アトリエぱんげあ」に行けば吹き飛ぶようです。

 

「障害の有無にかかわらず、人間どうし合う合わないはあるのだから、そういうものとして気にしない」

 

自分を表すのは、自分につけられたカテゴリーや肩書ではなく、自分自身。「アトリエぱんげあ」は、だれもが原点に立ち返ることができる場所です。

 

人間、自分と違うものを見つけると、警戒する気持ちが出てくることがあります。もしも、自分が障害者ではないという多数派なら、少数派である障害者の言動をもどかしく感じたり、時には否定したりしてしまいそうにもなるかもしれません。そんな、もどかしい自分の気持ちも受け入れ、そういうものとして気にしない。

 

もちろん、これは障害だけではなく、何についても言えることです。百人いれば百とおりの色があると知っていながら、いつの間にかお互いの違いを探していて、無意識にカテゴライズが起こります。それはそういうものとして受け止めて、気にしない。そんなことを、お二人のお話を伺って感じました。

 

 

回路104 お互いに違いがあるのは当然のこと。だから、そういうものとして気にしない。

 

表現しない人間はいない

「アトリエぱんげあ」には、水彩絵の具やアクリルガッシュ、クレヨン、粘土、大きさや種類の違う紙など、様々な画材が用意されています。
ここに集まる人たちは、自分に合う道具を思い思いに手に取り、それぞれに創作しています。
 

(ぱんげあで、参加者が思い思いの創作活動に取り組んでいます。絵の具を使って何か描かれている方や、窓の外を見つめている方、みなさん周りを気にすることなく自分自身の時間を過ごされています)

 

一方で、表現活動は、お金がかかる画材を用意することや創作場所を確保出来ない、また仕事に繋がるか否かという視点から、活動を規制される現状を聞くことがあるといいます。

 

すごく小さな定義でとらえられてしまうこと。それは私の生活の中にもあります。

 

「アトリエぱんげあは創作スペースですが、なにもしない人もいます。なにをしても、しなくてもいいんですよ」

 

ぱんげあでは、スタッフがその日の課題を決める訳ではなく、訪れた人がその時やりたいことに取り組みます。

 

目に見える形での創作を行わなくても、その場に行き、その場の一部になることが、すでに創作活動です。その人がいるから、また別の人が絵を描くことができるのです。そうやってつくられていく場の持つ力を、みんなが知っています。

 

「その人がこだわろうとすることも、表現といえるのではないでしょうか。何かすれば、それがその人の意思や思い、個性などの表れだなって思います」

 

靴をそろえたい人もいれば、そろえなくても気にならない人もいる。

時間を守る人もいれば、だいたいの人もいる。

敬語を正しく使う人もいれば、フレンドリーな人もいる。

 

そういうことのすべてが、その人を表現しているということです。なにも描かずに誰かの創作活動を眺めているのも、その時、その人の表現のあり方。

 

発達障害のある私は、自分のこだわり=他人には必要のないもの・人間関係をこじれさせてしまう要因、ととらえることが多かったのですが、自分の表れ、表現なのだと思うと、ちょっと愛おしくなってきます。

そう考えるとついつい気になってしまう他人のこだわりも、好きになれる気がしました。

 

 

回路105 何もしないことも、1つの表現。だから、なにをしてもしなくてもいい空間の持つ力を信じる。

 

無理をしないことは、無理をするより難しいかもしれない

多くの人が集う「アトリエぱんげあ」には、どんな空気が流れているのか伺ってみると

 

「アトリエぱんげあの空気を色で表すとしたら、黄色とかオレンジとかの、暖色系でしょうか。温かいイメージがあります」

 

との答えが返ってきました。

 

そこに集まる人たちが「アトリエぱんげあ」という温もりのある空間をつくっていて、その「アトリエぱんげあ」でそれぞれの表現がつくりだされている様子が思い浮かびます。

 

(3名の参加者が、机でご自身の創作に励まれています。赤い絵の具で画用紙に四角い形を描いている方、ピンク色の絵の具をローラーを使って塗っている方、クレパスで絵を描いている方が写っています)

 

人の気配を感じたり、時折、漏れ聞こえてくる会話に耳を傾けてみたり…

 

「音楽は大事ですね。レゲエっぽい曲がかかっていることが多いです。『レゲエがかかっているのがいつものアトリエぱんげあだ!』と思ってくれている人たちも多いようです」

 

音楽を聞きながら、好きな絵を描く。そんな時間は障害の有無にかかわらず、人にとってとても大事です。

 

しかし、一方で絵を描くことが仕事や自立につながるわけではないという考えもあります。大切にすること、優先することは人それぞれですが、たとえば私は、「絵を描く時間があって、私の絵をみんながおもしろがってくれるから、仕事もできる」という人間です。効率では生きられない私も、仕事をどんどんこなす人も、療養中の人も、同じ時間を生きています。

 

「アトリエぱんげあ」は、いろんな人がいろんな時間を共有できる空間です。

 

「『アトリエぱんげあ』では、誰もが、指導したりされたりすることがありません」

 

実際、玉村さんと井澤さんは、専門的な表現の指導を行う負担や、指導する・されるという上下関係から生じる負担を感じなくて済むと言われていました。

 

参加者もスタッフも、ボランティアも地域の人も、自分の立場を気にしない。そのことがきっと、安心な空間をつくりだしているのだと思います。

 

無理をすることが努力で、努力によって得られる結果が重視されがちな社会。でも、この空間に浸れば、人間にとって大事なのはどういうことだったか、思い返すことができるはず。

 

「ひとりひとりから伝わるエネルギーはすごいです。でも、場としてまとまった熱いエネルギーができているというわけではなくて、それぞれがふんわりとその場に存在している。別々だけど、どこかでつながっている。その場で一緒に創作していることが大事なのだ、と思います」

 

何をしてもしなくても相手から自分そのままを認められ、相手をそのまま認めることができれば、知識や技術を使わなくても、コミュニケーションが成立しています。

 

それは簡単なことのようで、実は奥が深いものです。無理をする生活を続けてきた私たち大人にとっては、そんな、人間としての感覚を思い出すだけでも難しいかもしれません。

 

でも、人にとって、とても大切なものです。

 

(ぱんげあで創作活動を行う参加者を写したお写真です。手に絵具をつけ、目の前に広げた画用紙に指で色を塗りつけています)

 

「長時間向かい合っていても、一言も会話をしない人たちもいます。みんなに背を向けて自分の制作に没頭している人もいる。でも確かに、お互いに影響し合っているんです」

 

人生、ふと立ち止まると「自分が存在していいんだ」という根拠がどこにもないことに気が付いてしまいます。もちろん、存在してはいけないという理由もどこにもない。でも…。そんな不安が解消される場は、現代社会の中で、とても少ないですよね。

 

「アトリエぱんげあ」はその貴重な場のひとつに違いありません。その「場」の一員になることが、すなわちお互いがお互いの存在を自然と認めていることになっています。

 

 

回路106 お互いに存在し合うことは、お互いに影響し合うこと。

 

言葉によらないコミュニケーションで、お互いの存在を肯定している

玉村さんや井澤さんも、参加者や地域の人たちが生み出すパワーをもらっているとのこと。多様な人が集まる空間の中で生まれるパワーを、日々感じていらっしゃるようです。

 

「空気感ですよね。とらわれずに、好きなようにいられる。そうあっていいんだと思える空気感」

 

(ぱんげあの参加者のみなさんが、笑っているお写真です。手を広げている方や、拍手している方、紙で顔を隠している方、どの方もとても楽しそうです)

 

空間の共有がしづらいコロナ禍にあって、現在、「アトリエぱんげあ」は新たな場づくりを考えています。

 

「オンラインでの空間共有を模索中です。例えば、アトリエに来られない人もその場の力を感じられるように、普段アトリエで流している音楽を配信することで、いつもの音楽を聞きながら自宅で創作できるようにしたり。

 

遠方の方も参加や視聴ができるので、オンラインを通して、今、創作にもどかしさを感じている方々の後押しになったらいいと思います」

 

自分と周りの環境とのちょっとしたベクトルの違いが気になって、創作に集中できない、仕事に打ち込みづらい、なんだか気分が晴れない…。もしも今、そんなもどかしい思いをしている方がいたら、きっと、オンラインの先にある「アトリエぱんげあ」の空気感が、解決のヒントをくれるように思います。

 

近い将来誕生しそうな「オンライン・アトリエぱんげあ」にも、期待がふくらみます!

 

「アトリエぱんげあ」さんについて、こちらで知ることができますので、ぜひご覧ください。きっと、この「場」に入ってみたくなります。

 

社会福祉法人愛成会

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執筆者

みずしま
九州地方在住、暗がりと生き物が好き。Sunny Bank会員、発達障害当事者。当事者会に出没し、発達障害者のより良い生活を模索する。2015年より発達障害者の運営するNPOでも活動。線維筋痛症患者でもあり、痛みとだるさと薬代に悩む日々。
NPO法人での活動:https://unevennpo.wixsite.com/decoboco
COTRAVEL旅行記:https://www.cotravel.jp/mypage/5eedb2cc66009/

協力

サニーバンク
サニーバンクは、株式会社メジャメンツが運営する障害者専門のクラウドソーシング サービスです。「できない事(Shade Side)で制限されてしまう仕事より、できる事(Sunny Side)を仕事にしよう。」をテーマに、障害者ができる仕事、障害者だからこそできる仕事を発注して頂き、その仕事を遂行できるサニーバンク会員である障害者が受注するシステムです。
障害者が働く上で「勤務地の問題」「勤務時間の問題」「体調の問題」「その他多くの問題」がありますが、現在の日本では環境が整っているとはいえない状況です。障害があるために働きたいけど働くことが困難、という方に対して、サニーバンクでは「在宅ワーク」という形で無理なくできる仕事を提供しています。