僕はサラリーマンを人並みにやっているのですが。
友人や、まさやさんなんかが現地でこんなことやったんだ
とかいう話を聞くとなんというか
あぁ俺もやりたいなぁとか
くそっ負けないぞ、俺も
とかそんな人と比べてりしてることもたくさんある。
で、たいしたことやれてない自分にがっかりしてしまいます。

そんなでいいんかなぁと、国際協力をやるとかなんとかいっておいて
人と競いあったりそんなんじゃないじゃんとかも思うのです。

功名心や対抗心、そんなものがモチベーションの一部で当然あるわけで
それを僕はあーあと思いつつもそれでもいいじゃない人間だものとみつをぶってみたり
して日々を乗り切ってしまっている。

覚悟とかそういう点で僕は足りてないのではないかと不安にもなるし
覚悟とかそういうのないけどやったっていいじゃないと自己弁護してみたり
今の自分にだれがの協力を得られるような
気迫、気概みたいなのがものすごく欠けてきた。

その一方、サラリーマンとしても同期が自分の仕事を一心不乱にしている
姿とかみて、あぁ俺なんか全体的に中途半端じゃん。
こんな俺が代表とか言ってまったくもってちゃんちゃら笑えるぜってなるし。

最近、あの反貧困の湯浅氏が
「世間に取り上げやすいように若者の貧困のピックアップしようとか思わないの」
とのような問いに
「それはやりませんね、やるんだったら子どもの貧困をやります。自己責任論に振り回されずにすみますから」とのやりとりをどこかでちらりと目にして

僕はこの4,5年を反省しました。
僕の主張はこうだった
「まぁいろいろ人には言われるけど僕は結局損をするのは子どもたちっていうのがよくないな」とおもってやってます。ってこればっかり言ってました。
確かに子どもに罪はないってのは誰にでも通用する万能の理由です。
僕はこの主張に頼りきっていた。

最近僕は今つよく思っているのは
「仕事がなくふて腐れている働かない男たちが元気に働いて家族を守る自尊心を取り戻してほしい」
ということです。
つよくなんとかしたいのです、だけど働かないから貧乏なんだっていう自己責任論に太刀打ちできそうもないので僕は少しこの考えの変化を発表するのは控えていたし
こどもがね、こどもがね、とういう表現ばかり使ってに逃げていたような気がします。