いやー先日は取り乱してしまいました。
疲れてるんですかね。
今日はとくに書きたい内容があるわけじゃないんですがね。
このままじゃ、団体の品位にかかわるな
って思いましてね。
さて、
この前、就職活動しているメンバーと
久しぶりに食事しましてね。
いろいろ話をしてましてね
20代を折り返そうとしている僕としては
平成に生まれ育った世代と
かろうじて昭和に生まれた僕らとの違いとは
あるのだろうかと思いまして
最近の若者像について聞いてみたり
彼曰く
ぶつかりながら何かを達成した
もしくは
何かを達成するためにぶつかる
って経験が少ないんだと思う
って分析してましてね。
確かに自分を振り返っても
そうだなぁって思うわけですね。
見た目すごく仲よさそうなんですよね
友達の誕生日にはお誕生日カード作ったり
そういうのは得意というか上手なんですけど
いざ、なにか問題が起きたときは
存外、ドライ。
僕の友達(まだ学生)のサークルでは
低学年の世代が先輩たちとそりが合わず
全員辞めたんだとか。
ドライだねぇ。
そんな雰囲気は僕らの世代(世代といってもわずかなさですが)
にも多少あったでしょうがそれが広がったのかなぁ。
若者にとっての最大の復讐は「無視」ですからね。
ところで、僕がアジモンやりはじめたころよか
国際協力する若者ってのは格段に増えた気がします。
国際協力やりたい、社会貢献したい
という声をよく聞きますね。
そんな様子から
平成生まれはやはり違うんだなぁ
いい子達じゃないか
と思ってるんですけどね。
社会貢献や国際協力が市民権を得て
にわか仕込がはやりで声をだしてるだろ
なんて声も聞こえてきてね
まぁ確かにそうなのかもですけどね
そんなこと言っても大人気ないじゃないですか
ねぇ。
先日も駅前でハイチ支援の募金に
半分やけくそのように声をからしてる
高校生も見ました。
ハイチのことを思うよりも
かの高校生がいったい何を思って
声をあげているのかが気になってしまったのです。
彼をなにが追い立てるのか。
そんなことを思ったのです。
彼もきっと僕と同じように
新聞やニュースからの情報を得たくらいでしょう。
だのになぜ。
そんなことを考えてばかりなのです。
ハイチで起きていることは
僕にとっては単なるニュースなのです。
数年前、カンボジアでのできごとを聞いたときの
あのときの感覚と同じなのです。
5年もアジモンをやって
やはり僕は変わっていないのです。
毎日起こる悲しいできごとに
自分がなにができるのか
そんな自問自答に
僕が何事にも毎日一生懸命取り組むことが
一番の近道。
そんなことを思い始めていたのです
そんな生き方に納得しかけていたのです。
彼のかすれた声は
僕の暫定的な解答を壊したのでした。
疲れてるんですかね。
今日はとくに書きたい内容があるわけじゃないんですがね。
このままじゃ、団体の品位にかかわるな
って思いましてね。
さて、
この前、就職活動しているメンバーと
久しぶりに食事しましてね。
いろいろ話をしてましてね
20代を折り返そうとしている僕としては
平成に生まれ育った世代と
かろうじて昭和に生まれた僕らとの違いとは
あるのだろうかと思いまして
最近の若者像について聞いてみたり
彼曰く
ぶつかりながら何かを達成した
もしくは
何かを達成するためにぶつかる
って経験が少ないんだと思う
って分析してましてね。
確かに自分を振り返っても
そうだなぁって思うわけですね。
見た目すごく仲よさそうなんですよね
友達の誕生日にはお誕生日カード作ったり
そういうのは得意というか上手なんですけど
いざ、なにか問題が起きたときは
存外、ドライ。
僕の友達(まだ学生)のサークルでは
低学年の世代が先輩たちとそりが合わず
全員辞めたんだとか。
ドライだねぇ。
そんな雰囲気は僕らの世代(世代といってもわずかなさですが)
にも多少あったでしょうがそれが広がったのかなぁ。
若者にとっての最大の復讐は「無視」ですからね。
ところで、僕がアジモンやりはじめたころよか
国際協力する若者ってのは格段に増えた気がします。
国際協力やりたい、社会貢献したい
という声をよく聞きますね。
そんな様子から
平成生まれはやはり違うんだなぁ
いい子達じゃないか
と思ってるんですけどね。
社会貢献や国際協力が市民権を得て
にわか仕込がはやりで声をだしてるだろ
なんて声も聞こえてきてね
まぁ確かにそうなのかもですけどね
そんなこと言っても大人気ないじゃないですか
ねぇ。
先日も駅前でハイチ支援の募金に
半分やけくそのように声をからしてる
高校生も見ました。
ハイチのことを思うよりも
かの高校生がいったい何を思って
声をあげているのかが気になってしまったのです。
彼をなにが追い立てるのか。
そんなことを思ったのです。
彼もきっと僕と同じように
新聞やニュースからの情報を得たくらいでしょう。
だのになぜ。
そんなことを考えてばかりなのです。
ハイチで起きていることは
僕にとっては単なるニュースなのです。
数年前、カンボジアでのできごとを聞いたときの
あのときの感覚と同じなのです。
5年もアジモンをやって
やはり僕は変わっていないのです。
毎日起こる悲しいできごとに
自分がなにができるのか
そんな自問自答に
僕が何事にも毎日一生懸命取り組むことが
一番の近道。
そんなことを思い始めていたのです
そんな生き方に納得しかけていたのです。
彼のかすれた声は
僕の暫定的な解答を壊したのでした。