朝、通勤する折にみる桜に
「あぁ、春なのだなぁ」
と感慨深くならざるを得ないが

社会人二年生ともなれば
そこそこ仕事も本格的になり
なにとなしに桜を眺め
ほっと一息着くことができた
学生時代がいかにすばらしき日々であったか痛感する

春爛漫。

しかしながら
慣れとは怖いものである
僕はすでに会社のデスクにつくなり
革靴を脱ぐようになっってしまった。
窮屈だからだ。
30分以上座る場合はもはや
靴下まで脱ぐ。
窮屈だからだ。

初夏が訪れるころには
おそらくスラックスのすそを
まくりあげていることであろう。

あるまじきだらしなさ。

そう、ジャパニーズサラリーマンは
今日もネクタイで首を締め付けて
仕事に取り組んでいる。
だが、そんなことをしていて
はたしてクリエイティブな仕事ができるだろうか

答えはノーだ。
奇抜な発想はリラックスした状態でこそ
生まれるものだ。

つまり、
ストレスの原因となる
ネクタイや革靴などは
知的生産性を落とすほかない
しいては会社に対し間接的に損害を与えている
しかるにデスクでかしこまっている必要はない。

と、自分を正当化しつつも
「俺、生意気なやつって思われていないかな?」
と小心者な自分を発見する。

「いや、大丈夫それなりに成長してきた
周りにも伝わっているはずさ、大丈夫」

そう、成長だ。わかったことはたくさんある。
たとえば資料を平積みしてはいけないということ
必要なものを探すのに時間がかかるし
いらないものまで溜め込んでしまうからだ。

慣れと成長は同時進行かもしれない

そう、成長はした。
だがそんなことはどうでもいい。

どんな結果をだせるか
どんな貢献ができるか
そんなことのほうが重要で
今の僕には今の僕を到底推し量れない。

一年が過ぎたことを桜は告げるが
一年で得たことを告げてはくれない。

桜が問う
「一年が経た、で、お前になにができる」

うるせーよ。

そんな、春爛漫。