ちょっと前に大学時代の友人からメールをもらった。

大学時代の友人という言葉をタイプしてみると
その響きだけで
あぁ俺も25になったのだなぁと思う。

もっと25ってすごかったはずだった。
無念。そんなことは脇においておいて。

その友人はなんの因果か
カンボジアに来て僕らの活動を手伝って
大学院に進学しついこの前NPOに就職した。
アフリカに行くかも~とか言っててびびったなぁ。

僕も含め回りの友人も
そりゃ彼の優秀さは買っている。
その就職先も
さすが彼だね。とか
彼らしいね。といった感じである。
それと同じくらい
なんで?とも思われるとかが
あるかもしれない。
同じ建築学科だったから。建築てー。

その彼からどのようなメールがきたか要約すれば
「最近、アジモン大丈夫?」
というような趣旨だったように思う。
少なくとも僕はそう受け取った。

何を隠そう僕はいままでになく
精神衛生上好調に活動している。

確かにホームページは更新していないし
ブログもその他もろもろの私事の
ぐにゃぐにゃを理由に書いてもいなかった。
でもまぁそのうちやればいいやという感じで
開き直ってた。

つまり、「僕は大丈夫」という感じだ。

という内容を返信すると

「そうか、安心した、俺なりにアジモンのことを考えてみてサポートもできると思うがお前自身はアジモンをどうしたい?」
と聞かれ少し返事に困っている。

なるほど、めんどくさがって
ほっておいたところになかなかの難問を突きつけてくれたものだ。
さすがだぜ。

僕は日本にいる。
まさやさんはカンボジアにいる。
まさやさんは会社務めをして
100人くらいのカンボジア人を週5と半日雇ってる。
んで、アジモンで2人を週2くらいで雇っている。
支払ってる給料もそれに当然比例する。

いいなぁまさやさんはなんだかんだでカンボジアに貢献できる仕事ができて
と思うこともある。

結果だけみてしまえば
いわゆる企業のアウトソーシングと比べて
100対2どころではない
さぼっていたわけではないが
2人を週2で雇うのが精一杯どころではない現状に
なんだかぼっーとしていると部屋が狭くなってくるような気分になる。
ときもある。

だからといって
僕はアジモンがやってることがむなしいとか思ったことないし
ましてやもうやめようとか思ったこともない。

現状に満足もしてしまうし、このままじゃいかんとも思う
つまり、
形はどうあれもっとがんばろうと思い続けていられることに満足はしている。

2010年上半期を振り返ってみれば
割と直に製品を販売する機会が多かった。
それを踏まえ今の気持ちを言えば

「いいもの」作って買ってもらいてぇ。
どうやって買ってもらいてぇかといえば
この「いいもの」ができるまでの苦労話とこだわった話をして
「ね、すごいでしょ?」と言って
「そうですね、ほしいです。」
と言ってもらいたい。

それを続けて何人雇えるんだろうか。
きっと今より増えるだろう。
年内に10人増やしたいとか
2020年までに1000人雇いたいとか
そんなことじゃなくて
そりゃできたらいいけど。

僕は僕のできることして
まさやさんはまさやさんでできることして
結果10人とか100人とか
そんな人数雇ったとして
その人たちの娘が高校卒業したとか
あの息子が就職しただとか
そんな一緒に苦労してきた人たちの
家族の話とかをまさやさんと話をして
そろそろもう一人雇いますかとか
実はこんな製品考えてますとか
そんな風に階段を一段一段上りたい。

そして、
そんな風に階段を一段一段上ってきたつもり。
この経験は格別だ。格別な自己満足だ。

それを大学生のときから続けてきた。
幸運だった。

5年くらい経つ今は
何かしたいけど何をしたら言いかわからん迷える大学生を励まし
僕らのフェアトレード製品をかわいいと言ってくれる大学生に感謝して
講義のその場しのぎレポートを書くためだけにメールをしてくる大学生に腹を立てている。

僕は25歳なわけだ。

僕は25歳だから30代妻子持ちの気持ちはわからん
40代仕事バリバリの課長の気持ちもわからんし
息子が大学生の50代の部長の気持ちもわからん。
定年退職したシニアの気持ちもわからん。

20代の
新米社員の気持ちや
悶々と過ごす大学生の気持ちは少しは

わかる。

どのように僕と関わってくれようとも
感謝したり、やるじゃんと思ったり、腹立てたり
どれもやっぱり僕にはかわいい大学生たち。
レポートで単位とりたい彼らのことは置いておいて
何かしたいんすとか
言うやつなんかには
ガチでアジモンやってみたらいいよ
と思う。マジで思う。

僕にとってアジモンでの経験は格別だ。
この感覚を共有したい。分かち合いたい。

今、アジモンやればなんでもできる。
少しカンボジア行ってみてきたらいい。
気分が乗ったらもう一回言ってやってみたらいい。
おいおい大学生でそんな奴いねぇぞ。ってことができてしまう。
え?そんなこと俺もできないけど?みたいなことが絶対できてしまう。
お金がなかったらとりあえず、飛行機乗ってしまえば
あとはまさやさんが面倒見てくれる。宿もあれば、飯もでる。
気分がよけりゃ小遣いまでくれる。
言葉ができない?ぶっちゃけ俺もあんまできん。
うちではまさやさんくらいしか言葉はできん。
日本語ができるカンボジア人のボランティアとタッグ組んでやってる。
言葉できんが、できる。不思議。

極端な話、カンボジア行けば

日本でなにやってるかわからなくなって
しかもどんな自分になりたいかもわからんのなら
自分でも知らなかった「なりたかった自分」に近づけるだろう
しかも、気づかないうちにだ。

そんな姿を見てみたい。

カンボジアには僕らが
もう見慣れてしまって気づかなかったこと
あえて見過ごしてきた心苦しいこと
でも君がなんとかしたいなと思うことがあるだろう。

付き合おう。
君に付き合おう。
一緒になんとかしよう。

ここまで来て、
もとにもどす。
アジモンをどうしたいかと考えると
アジモンを通して僕がどうしたいかとしか
考えが浮かんでこん。

まとめてしまえば

苦労していいもの作って、それをかわいいと言ってもらいたい。
その結果、カンボジアの家族がそれぞれ平和な日々を送っているねと感じたい。
そんな感動をまさやさんや同世代と分かち合いたい。

たったこれだけか、あんまカンボジアのことを考えてもいねぇ
でも
僕はそういうことをアジモンでやりたい。