千葉。

かの地には世界的に有名な歌って踊れる鼠が住まう場所である。
鼠の住処に入るにはそれなりの入場料を支払う。
住処にはレストランや屋台などがあり、いわずも知れた日本最大のテーマパークである。
そこには年がら年中その鼠に一目謁見するため全国各地から老若男女が集う。
女は熱狂するために、男は女を熱狂させるために
鼠に会おうとし、会わせようとした。

世の父親たちは鼠に接見することのできるレストランの
予約をするために最後の若さを振り絞り開園時刻とともに
己が家族のため、子どものために疾駆するという
そんな現実を噂のように耳にし、僕は将来、父親というものに
架せられた数多の苦難を感じ取り、いつかはそうなる、いや
そうなれはしないだろうと自身を喪失した。

鼠が本物ではなく着ぐるみであることに
齢7つに満たぬうちに
一点の曇りもなく愛らしく聡明な僕は見抜いていた。
だが、この世に生れ落ちて早四半世紀を過ぎようというのに
その不気味な笑顔と体長2mはあろうかという巨躯に
内心恐れをなしている。

挙句の果て、全国の中学校では
修学旅行のプログラムにかの鼠ランドを組み込むのが
主流であることは嘆かわしい。

せっかく東京に来るのなら国立劇場でオペラでも鑑賞したらよい。
僕は、ファイナルファンタジー?でオペラの概略をつかんだか
その後、オペラを見に行く予定もなければ
言うまでもなくお金もない。

オペラを鑑賞し学び修めてもよかろう、修学旅行なのだから。

かくゆう僕自身、鼠ランドに修学旅行で訪れた
しかし、修めたのはそれが東京ではなく
千葉にあるという事実であった。

当時、すでに元服を迎えた僕には愛らしさにも加え、
想像力と洞察力をも身につけていた。
まさに鬼の右手にエクスカリバー、左手にバジリスクの盾となった僕は
中学三年の間、世の父母がこつこつ積み立てた修学旅行費が
かの鼠ランドの多額の売上金となり、その一部は税金となり
千葉県の税収を支え、さらには県民に還元されているという筋書きで
つまるところ全国民が千葉県民を養っているのである。
ということを同時に修めた。

改めて、今、千葉の友人は大阪のことを
「地方」とおっしゃる。

恩をあだで返したその剣先乾かぬまま
他人の自尊心まで手にかける
血まみれ惨劇スプラッターホラーとはこのことである。
略して「おんあだ」である。

大阪、なにせ彼らは府民である県民ではない。
それは彼の大いなる誇りであるに違いない。
あぁ、赤穂の討ち入りの際、
吉良邸の庭を行灯でたらした人々の気持ちが伝わるようだ。

尾張の国出身の僕がこれほどまでに
大阪の肩を持つのはひとえに
星野監督の功績といえるだろう。

虎、言わずもがな神聖な
大阪の民が虎をこよなく愛するのは無理からぬことだ。
ただ、ネコ科に属する虎に献じるわけでなく
その鼠にただただ熱狂。宇宙最強と評される大阪のおばはんまでもが。
覚醒せよ。呼び起こせ荒ぶる精神を。
もどかしい。

「地方」とは東京から望む場合であって
千葉から眺めたときではないし
上京とは東京を目指すものであって
千葉を目指すものではない。

そうだ。
そうなのだ。
己のことのごとく怒り心頭、日光月光、雨あられ。

ええい、ままよ、友人であろうとも
不徳ここに極まれり、切って捨てるべし。

大阪ではなく実際のところ兵庫県に住んでいることを
思い出し、その場は押し黙ることにした。