当然ですがカンボジアにいると

異文化にさらされ続けるわけで

まさにそういった日々に驚きと挫折の

数々を味わうことになるわけです。

そのようなエピソードはあまたあり

カンボジア恐るべしと思わずにはいられないこともありますよ。

民族ってのはそもそも

単なる習慣の違いではないかと思ったりもしますが

日本の食事は

それぞれの膳があり、はじめから

個々の食事量を確定して出されるわけです。

黒はお父さんの茶碗、青はお兄さんの茶碗とのような

ことも珍しくはないでしょう。

そういったことに表面化されるように

日本ってのは個人の財産を尊重しているように感じます。

それはそれでグッド。

一方カンボジアの食事の風景は

全員でひとつの皿のおかずを分け合う

一匹のでかい魚を全員で突っつきあう

でっかいスープの碗に全員で手を伸ばす。

汁物ですら全員共有する。

なるほど、このようにカンボジアでは

ものを個人のものとして確定することが

弱いように感じます。

この差。この差こそ、日本人とカンボジア人との

大きな感覚の差であるなと

なんつったって正反対の反応ですから

この異文化の壁にぶち当たるのは必死です。

たとえば、共用の机の上においたものは

少し目を離したすきに共有のものに

変身します。

どんなに高価なものであろうが

全員がこれはだれだれが買ったものであるとか

知っているとしても

共用の場所におかれたものは

だれでも触ることができるようです。

あくまで僕の経験則から導きだすものですが

こういうことのようです。

共用スペースにパソコンを置けば

誰であろうと起動させて

いじりまくりますし

ケータイ電話をちょっと見せてといったらば

ぽちぽちいじっちゃいますよ。

気づくのが遅いと

なに勝手に設定変えてんの!!

つかだれがやったの!!

ということになります。

彼らの共有感はもはや

プライバシーの崩壊をまねくぐらいです。

僕は心底驚いたのですが

カンボジアの雑誌には

なんかこう読者の投稿記事のような場所がありまして

そこにはなんと

個人のケータイ番号を乗っけたりしてます

顔写真付きで。

お友達になりましょう!ってな文字とともに。

なんという冒険者たち。

あいのりに出演しちゃうくらいの冒険者たちが

なんとこれほど多いのか。

ハイリスク過ぎるぜ…

とまぁこんな感じで

個人の情報を保護するとか

そのようなことはあまり考えないようです。

だからこっちに許可をとらずに

僕のケータイ番号を見ず知らずの人間に

教えてしまったりしてくれます。

別にいいぜ。どんどんやっちゃいな。

こういうことを知らない日本人は

なんてこった最低だといいますが

仕方ないのです。

そういう国なんです。

カンボジアにおいて

俺の物はみんなの物

お前の物もみんなの物


こう思うことが大切です。