新世紀エヴァンゲリオン~The End Of Evangelion~ | アメと無知と部屋とYシャツと和民

新世紀エヴァンゲリオン~The End Of Evangelion~

なんか単位来ちゃった記念。 が来たレポートを晒しちゃうぞのコーナー。


(注) これはドイツ文化研究のレポートです





「新世紀エヴァンゲリオン~The End Of Evangelion~を見て」


私はこれまでエヴァンゲリオン(以下エヴァ)を見たことがありませんでした。中学時代に友人と共にエヴァンゲリオンの同人誌を見たくらいです。しかし、今回同映画を観て、不覚にも号泣してしまいました。

どうやら、いろんな意見・解釈があるようですが、私はこのラストには納得です。これ以上の結末を期待するのは難しいのではないでしょうか。碇ゲンドウの自分勝手な夢は潰え、ゼーレの目指した人類補完計画も、一時は成功したかに見えましたが、シンジが今まで通りの世界を希望することにより、シンジとアスカのみによる新世界が始まる。シンジはアスカの首を絞めますが、アスカがシンジの頬を撫でる事により、シンジは首を絞める事を辞めてしまいます。これはその前の母ユイから旅立つシーンで、最後に頬を撫でられている事がフラッシュバックして、アスカの中に母を見たと言えるのではないでしょうか。加えて、アスカは包帯をしていますが、以前まではレイの象徴であったはずの包帯が移行しているというのは、役割の移行であると言えます。すなわち、レイは人類の母たる存在であるリリスと同一でありますが、新世界では人類の母がアスカになったということです。そして最後の「気持ち悪い」は、シンジが求めていたアスカであり、人類補完計画を拒否した理由である、仲間と楽しく過ごせていた時の、他者に希望を見出せる現実の始まりであると言えます。こう考えると、紆余曲折はあったものの、勧善懲悪のハッピーエンドなのかもしれません。新世界でも男は女の尻に敷かれていくのかと考えると、ため息を禁じ得ませんが。

なんとなく解せないというか、釈然としない部分があります。ミサトの死に際の「こんな事ならアスカの言う通り、カーペット替えておけばよかった」というセリフです。そもそも「こんな事」がどんな事なのか上手く特定出来ないのですが、このセリフは、シンジの回想シーンでアスカがシンジを突き倒した結果、コーヒーがこぼれたシーンを示しており、シンジがアスカの首を絞める回想シーンが現実にあった回想である事を印象付けます。しかし、よく見るとリビングにカーペットは敷かれていません。フローリングです。ここに現実とコメントの間にギャップが生まれており、何の意味も無しに不整合なセリフを死に際に吐く事はないと思うのです。これはレイの「他人の現実と、自分の真実との溝が、正確に把握できないのね」を現実化したという風に解釈すると、シンジだけでなく我々も現実と真実の溝を把握出来てない事を強烈に指摘しているのかもしれません。そうすると、劇場の観客の実写を流した事も際立ってきます。したがって、ミサトの死に際の発言は製作側のウソである可能性が高いのかもしれません。そしてウソである事をバラす為のヒントとして、フローリングとカーペットの違いを作ったのでしょう。

しかし、なぜシンジは回想で首を絞めたのでしょうか。そしてなぜラストシーンで首を絞め、その前提に回想で首を絞めたシーンがあったのでしょうか。そもそも、回想は真実か脳内妄想かの問題ですが、私は真実であると思います。理由は回想時、世界は巨大なアンチATフィールドに支配されているからです。そして、他人の現実と自分の真実が一致してしまいます。シンジがアスカでオナニーした時にアスカは起きていたのが知れたら、そりゃ発狂もするわと思うのですが、首絞めシーンはその後に来ます。すなわちオナニーがバレてた事よりも、シンジにとっては大きな事件であったと推測出来ます。気が動転していたというのもあるのでしょうが、どんなに暴れても空しい反応なアスカにシンジは首を絞めて反応を求めます。いつも通りの激しい拒否を求めたのかもしれません。しかし、普通なら最も激しい反応を示すはずの、殺されるという行為にも無反応であったというのは、シンジにとってはオナニー以上の事件だったのでしょう。そして、その後の回想では、少女時代のアスカがアスカの母親に首を絞められるシーンが出て来ます。これはアンチATフィールドによってシンジに流れてきたアスカの真実なのです。首を絞められるという行為は、アスカにとっては愛していた母親を思い出させるものであり、恐らく彼女にとっては母親に殺されそうになったのは最も大きな事件の一つなのでしょう。それが彼女にとってどうなのかは分かりませんが、それで首を絞められなくても動じなかったと解釈出来ます。そして、アンチATフィールドの世界を経て、お互いの真実を共有しあった2人が、新世界で最初に行った行為は、お互いの旧世界での最も大きな事件を焼き回すという事でした。あのシンジが自ら嫌な過去と立ち向かうのも、それを受け止めて頬を撫でてやるアスカも、成長と新世界での覚悟を感じられるラストであると言えるのではないでしょうか。

かなりの曲解である気が否めないのですが、少なくとも私は他の解説をいくつか見た限りでは、この自分なりの解釈が最も納得のいく答えとなりました。しかし、所詮は解釈。ATフィールドのあるこの世界では、庵野秀明という私にとっての他人の真実は知りえないのですから。