紀伊國屋サザンシアターにて、民藝による吉永仁郎・作『煮えきらない幽霊たち―蘭学事始浮説』(演出・丹野郁弓)を観てきた。
吉永仁郎の作品は初観劇。『解体新書』を訳した杉田玄白の物語。クレジットでは、平賀源内が主役となっているが、主役は玄白だろう。
平賀源内の女房のお仙の母と妹を杉田玄白が腑分け(解剖)するという物語。しかし、成仏できない彼女たちは幽霊となって現れる。西洋の医学を学び、近代への脱皮を図ろうとする彼らの前に、全近代たる幽霊が現れるというのは、なんとも皮肉だ。
劇の仕掛け的には、井上ひさしの『頭痛肩こり樋口一葉』に似ていなくもない。ここでは、源内の人斬りも、幽霊となったお仙の母の仕業となっている(『べらぼう』では、源内ははめられて、罪をなすりつけられたというふうに描かれていた)
最後、玄白以外はみんな死んでしまい幽霊となる。なのに、長生きをして、名声を手に入れたはずの玄白だけが、ひとり老いぼれて惨めに見えるという仕掛け。
しかし、このメッセージには、いまいちピンと来なかった。幽霊たちの復讐なのだろうが、負け惜しみにしか思えない。どう考えても、偉業を成し遂げ、名声を手にし、長生きをした玄白の方がすごいに決まっている。
あと、老人役の佐々木研がほとんど台詞を飛ばしており、酷かった。文楽なら「勉強し直してまいります」と言うレベルだろう。
演出も含め、思っていたほど面白くはなかったが(木下順二『冬の時代』や宮本研『明治の柩』を期待したのがいけなかった)、吉永仁郎という劇作家には興味を持ったので(※)、さっそくAmazonで全集を購入しようとしたところ、4冊揃いが4万円超とプレミア価格が付いていたので、仕方なく、定価で販売されていた最新巻(5巻)を購入した。
そういえば、『井上ひさし全芝居』も『宮本研戯曲集』も、結局全巻揃えていなかったっけ。
演出者の弁によれば、『べらぼう』便乗企画ではないということだが、2月には、歌舞伎座で横内謙介の『きらら浮世伝』(これも“浮”が入っている)が上演されている。井上ひさしの『表裏蛙合戦』もどこかで上演されないかしらん。
※私は劇構造に意識的な、つまり演劇的な戯曲を書く劇作家が好きなのだ。だから、今回の作品についても、幽霊の登場という効果は劇的(シアトリカル)であるし、また、劇全体を通じて描かれる2つのテーマ---(1)前近代である江戸のなかにあって、近代主義的人間である杉田玄白や平賀源内に幽霊が見えるという逆説と(2)名声を手にした杉田玄白がみじめに老いさらばえて、逆に短命だった源内たちの方が幸せに見えるという仕掛けは、実に私好みなのである。