『人生は夢』とはカルデロンの戯曲であるが、演劇はそれ自体が夢のようなものである。
劇場は寝室。観客席はいわばベッドだ。観客は、芝居という夢を見にやって来る。
私たちが眠りに落ちるように、場内は暗くなる。そして、夢を見るように明るい舞台が現れるのだ。しかし、明るいのは舞台上だけで、客席は暗いままだ。なぜならそれが夢だから。
夢が終わる時、再び闇が現れる。舞台上にあった芝居という夢は儚くも消えてしまう。
その後に、朝が来る。それが夢でない証拠に、観客席も明るくなり、最初にやって来た時と同じになる。
ふと夢を思い出し、舞台を見てみても、そこは幕で閉ざされているか、何もない舞台があるだけだ。夢に出てきたものと同じ部屋があるかもしれないが、そこに役者はいない。(そう考えると、客入れの時点で役者が登場している平田オリザの芝居は、すでに夢うつつの状態で、私たちが寝室に来たことを意味している。しかし、反対に終幕後も役者が出続ける芝居、あるいは目覚めのない芝居というのは聞いたことがない)
私たちが劇場を後にし、今日観た芝居を思い返す時、それは昨夜の夢を思い出すようなものなのである。
(これは映画についても同じことが言えるかもしれない)