おはようございます😃
先日ニューヨークにコンサートで行った時に
Hiro Edward Sato氏と撮影がありました。
久しぶりのニューヨークで街を歩いてみるとニューヨークの街はすっかり危なさはなくなりました。
でも街並みは全くと言っていいほど変わらない落書きだらけだったり
こちらで少しお写真公開いたしますね^_^
怖い街、危ない街の印象は確かになくなりました。ディズニーのブロードウェイ進出が大きいかもしれません。
安全な街はあちらこちらが観光地化されました。便利にもなりました
でも私が歌っていたニューヨークシティーオペラも破産して無くなってから10年の月日が。。
オペラはミュージカルに押されて新しいものを
進化する事に必要な学びのステージが少なくなってきています。
それは舞台のセットやライティングのシステムをアップグレード出来ないせいかもしれません。
古さを古さと感じさせないもの。
奇をてらったものが新しいものと言うのではなく。
これはクラッシックも感性がある方が聞かれたら凄く新鮮な音楽だと思います。
ただ、4時間近いオペラは現代には長過ぎると私は思います
それを当たり前と思ってしまってはいけないと感じています。
実は悲しいニュースがありました。
世界的なオペラ歌手カバリエリさんが亡くなりました。85歳でした。。
私が学生時代憧れていた素晴らしいソプラノ。
音楽ジャーナリスト林田直樹さんがネットに書かれていた文の一部をご紹介致します。
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スペインが産んだ巨匠達。
パブロ・カザルス、ホセ・カレーラス、モンセラート・カバリエ。
彼女は生前こんな言葉を残しています。
「音楽は人と人とを結ぶ橋でなくてはなりません。二つの世界を別々に分断するものではなく、一緒にするためのものであるべきです。そして…我々が彼らにとって、彼らが我々にとって、喜びであるべきなのです。そのために私は闘います」
フレディ・マーキュリーと共演したオペラ歌手、というだけではなくオペラが富裕層だけの占有物ではなくもっとオープンなものとなり、異なる人々を結びつける音楽でなければならない、というカバリエの強い思いがあったことを忘れてはならない。
あれほどの大歌手なのに、本番前に歌うのが「怖い」と言っていたのも印象深かった。
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こちらがカバリエリさんが歌われたメトロポリタンオペラの正面です。
先月のニューヨークのコンサートツアーではいろんな意見に耳を傾けました。
コンサートの後色んなご意見がありました。
ある女性が私の所に涙目語りながら話してくれました。"貴方は日本人には思えない"って言われてまず目が点になりました。
"日本人は心を閉じているから音楽をエモーショナルには聞かない、技術で聞く。だから成績の優秀な学生は一般海外にも日本にもいるけれど
心を開いて演奏することはない技術的だから"
"あなたは違うレベルだわ"って
言われて戸惑いました
私は長年海外で歌ってきたにもかかわらず
日本人とアメリカ人の音楽に対する聞き方を理解していなかったようです。
私は日本人文化は能や歌舞伎、演歌に至るまで内面を打ち出す間とかをしっかりわかる文化と理解していたからです。
食文化などもアメリカの比ではないし。。
でも西洋音楽としてはふと冷静に感じてみるとそう言われる節は沢山あり、すごく的を得ている意見だと感じました。
音楽をしていても特に私の場合はクラッシックの方々のファンというよりも違うジャンルの方々や
一般の方々のファンが多いのです。
それもネットをされる方は少ないです。
最初のデビューも全くオペラを歌ったことがなく
初めてオペラを歌いました
ニューヨークタイムズから私がよい批評を頂くなどまず日本ではあり得ない事でした。
バイトをしながらの苦学生の私の歌を"素晴らしコントロールされた繊細な歌と演技""比類のない魅了"と書いてくださり仰天しました
失敗しても更に良いところがあれば沢山褒めて頂きました。
拙い技術ながら私の心をや表現したいことを汲み取る感じ取る力が聞く側があったと言う事ですね。
私はクラッシックを小さい頃から聞いていましたがピアニストであり、歌は歌っていませんでした。優等生ではありませんでした。
でも音楽が大好きでした❤️
今もクラッシック業界にべったりではなく仕事をしていますが、発声法はクラッシックを軸にミュージカルも歌っているので私はオペラ歌手代表とは言えないのですがEmiレコードでデビューしてからは私はクロスオーバー歌手とも呼ばれていたと思います。ハイパーソプラノとも。。
ビートルズやバーンスタインなどを歌ってきましたが、イタリアものも大好きでイタリアにも留学してイタリア語も話します。
好きな歌を歌い続けたい、また今を生きる為の
喜びを音楽を通して皆様と共有したいと歌ってきました。
そのフレディーマンキューリとモンセラートカバリエリさんのバルセロナを、世界のテノール、ラッセル ワトソンさんと歌った動画がありますのでよろしければご覧下さいませ。
NHKの番組です。
カバリエリさんが作って下さったクロスオーバーな道をサラブライトマンさんや私も歩ませて頂きました。
私はどちらかと言いますとロックソプラノです。
また人と戦う事が好きでないので独自の道を歩んできました。
多分"格付けランキング"をご覧になった方々がプログを見られて私の事を何者だ?!かわいそうと思われているかもしれません。
ネットにかなり書かれていて。。
私はなんとか大丈夫です!
人に音楽を届けるために歌っできたのに自分はなんだったのかと感じました。
私の歌が人に通じるのためには高音や声量での比較は駄目だったと思います。
新しく自分は何を歌うかをこの年齢になり考えさせられました。
現在の精進が私自身の足りなかったのも事実です。
芸能人の方々もオペラと言えばまず高い声を聞く響きの質を聞かれるのであり歌を聞くとは思ってらっしゃらなかったと思います。
お声がけは光栄ながらも、私の年齢と声質とお相手の方の年齢と声質はかけ離れたものがあったからです。
勿論お相手のソプラノの方は素晴らしい歌手で
私は彼女をアマチュアとは思っていません。
テレビにも出演されておられますし小さい頃からプロの合唱団で歌い続けておられてプロでありながら修士課程にいらっしゃる方で私は彼女本当に素敵に歌われたと思っており当然の結果だと思っています。
しかしながら最初から声楽での格付けならば
同じ声域で同じ位の年齢でレパートリーも同じでないと難しい所だと思います。
良いところが違いますから。
もしそうでなければ人間の唯一の楽器である声を生きているものとして理解していない事になりますね。
声楽は非常に厳しい格付けである思います。
若い子が良くて年取ったら駄目みたいな?
オペラには体力と声帯自身の衰えも現実的にはある場合が多いです。
若い声の良さ年を重ねるから歌える歌は全く違うと認識しております。
でもそれをご理解頂けるにはこうした番組があったからこそまた定義がなされて、今後は良い形で声楽がメディアで扱って頂ける良い機会であると思っています
また私自身の甘さからくるものも年齢なのだからしっかり耐えられない事は伝えないと自分に返ってくるという自分への大きな教訓でもありました。沢山沢山学ばせて頂きました。
比べられるのに慣れていない自分の歌手生活での
甘さです。
残りの歌手生活を今1度見直すよい機会となりました
皆さんがより、"オペラってソプラノって?"
と思うお声や演奏に近かったのでこの結果
ご心配をお掛けして申し訳ありません!
私はどちらかと言いますと自分で曲や詩を書いて作ったり、プロデュースしたり
本当に自分の世界と聞いて頂く方々との世界を繋いで行きたいと思う歌い手でありプロデュサーです。
ですので年を重ねた今でも自分の命がある限り自分が出来る事を少しづつで前を向いていこうと思っております。
長い文をお読み頂きありがとうございございました😊
宜しければいつか生の歌声を1度お聞きいただければ嬉しいです
補足
ガーシュウィンをサマータイムをもっとご説明すればよかったと思いましたが
黒人とう言葉を放送上で使えないようでしたので何もお話し出来ませんでしたが、オペラ"ポーギーとベス'はアメリカ南部の黒人社会における愛憎劇で、サマータイムは最初にクララにより歌われます。
私達は2番を歌いましたが、1番はピアノで2番の歌い出しは強い外に旅立ちたい思いを伝え最後の高音は綺麗に小さく伸ばすというのが劇中の流れでした。
オリジナルではスラングで歌うので私はわざと
黒人スラング発音で歌いました。
最後の高い音はピアノで伸ばし最後は溜息にするのが劇中の歌い方になっています。