車検を通して吹っ切れました。



当面、今のNBに乗り続けること。



その中で、5年と7万キロ使ってきたパーツ。



それは、



車高調ガーン



そろそろ換え時、いや、とっくに換え時ですショック!



今度は別の新品を買おうなんて思ってました。



でも、今の車高調は、とってもお気に入りなので、あえて換える必要もないかも、と。



まずはホイールいって、それからお金を貯めてから、なんて思ってましたが、



シートをエスケレートにしたもんで、少し余裕が生まれました。



なら、ホイール分の費用で、車高調のオーバーホールなら出来るかも、なんて。



で、メルセデスのDマンに電話。



いいとこない? と、相談。



前の職場のチーフメカニックが独立してて・・・・あら、いいじゃない?ニコニコ



で、



OH + いったん純正組み付け + 車高調取り付け + 車高調整 + アライメントで・・・・



 12万也!クラッカー



いいじゃないですか~音譜



新品なんぞより断然お得。



最近仕事でいいことない分、ちょっと運気アップを狙って、早速 GO となりそうですアップ



いつも感謝してます、K君ニコニコ




今日は、シートを装着しました。


念願のエスケレートタイプⅢ。


職場の後輩と、いつものメカニックの協力の下、なんとかできました。


後輩は、私よりも手際が早く、よく気が付くので、ほんと助かりました。


女性にしとくにはもったいない。


メカニックは、工具まで貸してくれて、本当に感謝、でした。




使ってみて、専用設計というだけあり、シフト操作にも問題はなく、シートベルトのキャッチすら加工が不要。


シェルの強度も、国産メーカーよりもしっかりしています。


タイプⅠと比べても違和感なく、サポートの恩恵に与れます。


幅広くなったとのことですが、タイプⅠと比べ、さほど違和感はありませんでした。




自分にとっては、エスケレートにして正解でした。




だた、これまでのタイプⅠが助手席に移動し、年季が入ってる分、痛みがめだって若干貧相です。


運転席が新品なので、外装交換にだしてもいいかな?と思いました。(ガマンすりゃ、そのうち気にならなくなるだろうと考えていますが・・・・(^^;




さ、あとは車高とアライメントの調整、あと余裕があればホイール交換がしたいなぁ・・・




車高・・・車検に通すためにフロントをあげたら、プッシュアンダーが酷く出てしまうようになりました。


前の荷重コントロールがやりやすくななったような気がします。


もしかしたら、大きなサーキットなら、いいくらいなのかもしれませんね。


リアを5mm上げてみて、ダメならそこからフロントを5mm下げてみようと思います。





あと、ホイール・・・RPF1typeⅡか、TE37か・・・・欲しいです(^^;

ちょっと前、うちの部下が辞めて、実家に帰りました。


実家の家業を手伝うために。


もう上の兄弟2人も帰ってるんだそうです。






彼は厳しい環境で育ったようです。


自分は、仕事が出来ないとおもいこんでいました。


実際、彼は、仕事が出来なかったのですが、何ができないかというと、


決断することができないようでした。


家にかえるあたり、家族もそのことをなじっていたようです。


なので、家族の中にいるときも窮屈そうに感じました。


なのに、親の勧めのまま、なんで実家に帰る決断をしたのでしょう?


それが不思議だったので、いろいろと考えてみました。





学生時代、彼は留年したときには、下宿から実家に呼び戻されている。


仕事の研修先も親が決めている。





どうも自分の人生を自分で決めたことがないようです。





ふと、考えました。


彼には反抗期があったのでしょうか?


反抗の余地もなく、家族に押さえつけられていたのでは?








私の考える反抗期の定義は、




親が期待する子供のイメージと、自分がなりたい今、または将来の自分のイメージにギャップが生まれ、それが心的反応をおこしたもの。



です。







当然のことですよね。自分をコントロールできるのは、自分以外には存在しないはずです。


原則、ヒトは、ヒトの感情や意思を、コントロールできるはずがないのです。


それが出来ると考えるのは、強力ななんだかの力が必要なり、場合によったら、病的な場合もあるように思います。




ちょと脱線しました。



反抗期。



親離れ、子離れはいつのタイミングでも必要とされますが、比較的幼少時は、親が期待する自分像にあわせるように生きていこうとするのでは?と考えています。


ですから、自我が成長し、独り立ちをするときには、親のイメージと、本人のイメージがぶつかるんだろうな、と考えます。


他人の意思や感情を、そっくりそのまま共有できることはないでしょうから。


しかも、親は子供に、自分の分身として、自分ができなかったことや、希望すら、期待してしまいがちです。


もちろん、子供のイメージが未熟な場合もあると思いますが。


この反抗期がなんらかの形で阻害された場合、子供は、親のイメージを追い続けながら、自分に満足することなく、終わりのない茨の人生をあるこうとするのではないでしょうか?


そこから逃れられない子供たちが、極端な場合、不幸にも、親を殺害するしか逃げ道はないと、間違った考えをしてしまったりするのではないのでしょうか?


イチローさんや杉山愛さんのように、親の期待以上に、大人物になられる方もおられますが、ごく一部のようなきがします。


いくら頑張っても、親の期待に添えないと思いながら生きることって、とても窮屈なように思えます。







40歳をすぎても、独身で、両親に挟まれるようにして、高級料亭のカウンターで食事をしている彼の姿をみるにつけ、とても複雑な気持ちになってしまいます。