Original lamb -2ページ目

美しい言葉

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美しい言葉とはなんだろうか。


例えば

ありがとう とか 幸せです とか

そういうのも美しいし

かげろう とか 灯台 とか

そういうのも綺麗だし

しんしん とか ゆらゆら とか

そんなのも美しい。

美しい言葉ってのは

声に出して音にしてみたときに

美しく音が響くのと同時に、その言葉が内包している意味合いとか情景なんかもとても重要だと思う。


例えば 灯台の光 みなもにゆらゆら って言葉を声に出してみると


自分で驚く程綺麗な音が流れるのが分かる。

それと同時に黄昏か明け方か、空と水平線の境界線が曖昧な時間を灯台の光が水面を伝って揺れているのが見える。

こういう美しい音の響きと意味を持った言葉で

自分の周りを埋め尽くしたい。



ふざけるんじゃねえ とか ブッ殺すぞ とか 殴る とか


そういう目にするだけで気持ちが濁るような薄汚い言葉を

無くしていきたいと心から思うんです。

そんだけ

行方不明

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三日前から友人が行方不明になった。


散らかし放題の部屋と、食いかけのカップラーメンみたいな物を残して、ヒラリと消えた。

理由もなんとなくわかっている。


人間ってのは不思議な物だ。
その人がいなくなって初めて彼がどれだけ自分にとって大事だったか気づくのだから。

俺の人生に於いてはさほど重要とは思えない人物だっただけに、バカらしい話だが今更ながらに自分でも驚いている程だ。

とても心配で、やる事が手に付かないのだ。

こう書いていて白々しい気持ちになるかともおもったが、矢張り意外とそうでもない。
つまり、やっぱり、と言うのも可笑しな話だが、大事な人物だったんだろう。


彼と言う人間はとても消極的な上に何れの物事に対しても受動的で、こっちから何か話をふらない限り、それこそたまに向こうから話を振って来るとこっちが驚いてしまう程、話し下手で張り合いが無く、まるで豆腐を金槌で引っ叩いている様な有様である。
趣味の自転車も、好きなのに乗るのは苦手、ほかにこれといった友人も無く、休日は家に引きこもりゲームかエロアニメ、仕事も出来ず失敗ばかり、上司の陰湿且つ非道なイジメにあい続け、更に失敗を塗り重ね、挙句に逃亡。
とまあ、あらん限りに不器用な男なのだ。

ダメな奴、とは良く聞くが、これ程にダメな男もかつていただろうか。
彼こそダメ男の代名詞である。


だがそんな特徴を上げると悪癖しか思い当たらない彼にも一つ、良い点がある。

それは、とても優しいのだ。

とても、と言うより途轍も無く。

本当に、可哀想に成る程優しいのである。

その優しさは、哀しいのだ。

例えて言うなら

例えが見つからない。
とにかく哀しいのだ。

彼の哀しい優しさを思うと、ボロくて臭くて小さい、あの犬小屋の様な部屋を出る時、どんな気持ちだったか、どんな表情だったか、何を考え、何を決心してその部屋を出たのか、思わずにはいられない。


頼むから


帰ってきて下さい。


とても

あんたが思ってるよりも

いや、自分で思っていたよりも

とても


心配でたまりません。



お願いだから、帰ってきてくれ。



シンジ


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朝起きて

顔洗い

ドア開けて

傘開き

朝五時の

鎌倉

信号機

青のまま

交差点

踏切の音

赤い車

こんな気分が滅入る雨の日も久しぶりだなー

あー

もう全部ぶっ飛ばして反対側の電車乗ってどっか遠くまで行って金ないから改札降りれなくてそのまま飛び越えて駅員に捕まって殴ってそのまま連行されて留置所で麦ご飯食べてるような気分だわー

あー



ダメみたいです。


誰でも良いから


助けて下さい。


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iPhoneからの投稿

ブヒブヒ


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ひさしぶりに

前のバンドのドラムに会っ



ピー!



なーんにも変わらずにいてくれて

なんか

本当、あり




ピー!ピー!


久しぶりにいろんなこと喋って


やっぱり最後は

バンドやろうってなった。


やろうと思います。

やるなら絶対かっこいいヤツ。


最近読んでる武満徹の著作をまとめた本に書いてあった一文に

まず、聴くという素朴な行為に徹すること。
やがて音自身が望むところを理解する事ができるだろう。

って



意味わかりません。


あー

空が晴れてる。


俺の心も


晴れております。


バイ!




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minor 7th



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平日月曜日

ガラガラの新幹線で

石巻市に行ってきた。


震災の爪痕未だ癒えず

沿岸部を商店街で借りた自転車で散策してみたけんども


波がきていた地域には、基礎だけ残して上から何も残っていない家屋や

鳥居だけ残して本堂が吹き飛んだ神社

三階部分に津波の痕が残っている、小学校など

凄惨極まる悲愴な景色が広がっていた。


硝子が一枚も残っていない小学校の下で見つけた青いパンジーは、誰かが植えたのだろうか。
強い風が吹くと頼りなさそうにゆらゆら揺れた。


その小学校の前で少し休憩しようと立ち止まった時、ふと左手に学校帰りの学生が、荒地の前にボーっと立っているのが見えた。
もしかしたらそこに彼女の家があったんだろうか、海風に崩れた髪をかきあげながら、一点を凝視していた。

話しかけようか迷って、結局何もできぬままタバコに火をつけて腰を下ろした。

改めて辺り一帯を眺め回してみると本当に、ポツリポツリと二、三件の流され残った廃屋以外は何もない広大な荒地なのだ。

二年も経つのに。


二年。


時計の針が止まった様だ、とか良く耳にするが、本当にここら一帯は時間が止まってしまっているのかもしれない。

真っ直ぐ先に見える、沿岸の復旧された幹線道路を、沢山のトラックが走っているのが見えて、余計そんな気がした。

時間が来たのでそろそろ行こうかと自転車のスタンドを跳ねあげると、さっき見た制服の少女はいつの間にかいなくなっていた。


また、こようと思った。

別に現地の人の為にできる事とか、支援とか、そんなんじゃないけれど、自分のやるべき事は多分ここにきて、時間それ自体を意識する事なんだと思った。

音楽ってのはリズムが時間を経る事で命に変わる。

だから、音楽を扱う人間は、何よりも時間って感覚に鋭敏でなきゃならない。



次に来た時は、新鮮で美味い刺身定食を食べたいです。




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