ボクの旅にはカメラが必要

ボクの旅にはカメラが必要

ジャーナリズムな気持ちでカメラをぶら下げて各地を旅します。

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ひとりの時間(とき)が多いボクは、人恋しくなる事が多い。
 
少し前までは、ひとり自由に好き勝手な時間(とき)を過ごすのが大好きだったけど、最近は少し違う。。。
 
とくに秋は、せつないと感じる。

 
あの日、歩き疲れてお腹が空いた僕らが立ち寄った御蕎麦屋さん

普段ならば、まず入ることのない小洒落たお店だ。
でもきょうは特別な一日。
 
特別なヒトだけに教えたかったお店に無理やり案内した。
店の前を往復したような、しなかったような???
 
まわりには、余り教えたくない、ボクにとって秘密のお店なのだ。
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ボクは、「かきあげそば」と「押し寿司」を頼んだ。
横に座ってくれた彼女は、とろろそば。
 
なんとも言い難い、幸せな瞬間だった。。。。。
修学旅行 
〜僕らにもあったこんな時代(とき)〜
 
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9月23日(金)
 
松本の駅前には、ネットカフェがない。
 
始発まで時間を潰せる場所は、居酒屋とマックぐらいだろうか。
既出のとおり、ボクはマックで始発が出るまで時間をつぶした。 
 
非常に退屈だった。

 
始発の4時が近くなると、どこからともなく大きなバックパックを担いだ登山者とわかる人々が目に付き出した。
 
自分は、この光景を見るまでは自宅へ戻ろうと思った。
 
自宅に戻っても特に予定がないからダラダラと3日間も過ごすのが勿体なくも思えてきた。
 
「よし、槍へ行くか!」
 
 
思い立ったら即行動。
 
松本電鉄の始発便に乗って上高地へと向かった。

 
松本-(電車)→新島々-(バス)→上高地
 
4:45に松本を出発し途中バスへの乗り換えを経て上高地には6時半ころに到着した。
3連休の初日ということもあってか、バスターミナル周辺には多くの人々で賑わっていた。

 
登山に関係の無い手荷物を預けたり、帰りのバスの整理券の申請を済ませ、上高地を7時に出発した。

 
素晴らしい快晴の下、気分も乗ってきて歩くスピードがいつにも増していた。

 
徳澤園 8:00

 
 
横尾山荘 9:00

 
お腹が空いたのでカップヌードルをたべました。

 
槍へ「11km」の表示。
 
ピクニック気分もここまで。
ここからが、自分の体力を試される厳しい、厳しい旅が始まるのでした。。。
 
続く
9月22日(木) 20:20 新宿駅西口 バスターミナル


北アルプス登山のため、松本駅で友人と待ち合わせた。

時間は、23時半。


バスが間もなく松本に到着する直前に友人からメールが届いた。


文面から緊急事態であることが伺えた。


友人と合流して状況報告があった。


それを聞いて彼に直ぐに帰るよう伝えた。 人の良い彼は登山口までボクを送るといってくれたが、直ぐに自宅へ戻ってほしかったから丁重に断った。 彼も受け入れてくれた。



ボクは、深夜の松本でひとりコーヒーを飲みながら夜を明かそうとしている。


テンションが下がったし、寝不足で挑む登山は危険と判断し、朝一番のバスで帰る事にした。。。

9月23日(金) 午前1時54分
松本駅にて 赤井英和
阪神甲子園球場
 

全国中等学校優勝野球大会の開催を主目的として、兵庫県西宮市に建設された日本で最初に誕生した大規模多目的野球場であり、収容人数は日本の野球場の中で最大である。 
プロ野球セ・リーグの阪神タイガースの本拠地球場(専用球場)として知られているほか、全国高等学校野球選手権大会および選抜高等学校野球大会という 2大高校野球全国大会が戦前から優先的に開催されており、大学野球における明治神宮野球場と並び、日本国内では「野球の聖地」と称される。
 
 
今夏の第93回全国高校野球選手権大会を観戦してきた。
 
球児たちの活躍に胸を熱くした。
 
その球児たちの活躍を影で支える大会運営に携わる裏方さんの活躍を忘れてはならないと思う。
 
 
東洋大姫路高校応援団(大会10日目)

 
 
熱闘甲子園取材班

 
 
試合前後と試合中盤にグランドを素早くならす

 
 
灼熱の太陽で乾ききったグランドに必死の形相で水を撒く

 
 
潤ったグランドにラインが人の手により引かれる

 
 
 
取材クルーの指先にも力が入る

 
 
大会に関わる全ての人の尽力があることを忘れてはならない。
 
球児たちの一歩も引かない戦いに自身の普段を振り返る事ができた。
 
 
この涙。
僕も少しだけわかるような気がした。

 
 
甲子園で多くの事を学んだ。
 
きょうからまた気持ちを切り替えて前へ前へと前進を続けたいと思う。。。
中部国立山岳公園: 乗鞍岳(長野・岐阜県境)
 

日本には標高3,000m以上の高峰が22座あるが、もっとも手軽に頂上に立てる山が、北アルプス南端の独立峰、標高3026mの乗鞍岳。
 
標高2700mの畳平まで乗鞍エコーライン・乗鞍スカイライン(マイカー規制のためバスまたはタクシーの利用となります)が通じており、ここが登山ルートの起点になっている。
 
また、畳平は車で行ける日本最高所で、高山植物の宝庫でもあります。

旅人は、この高い山々を眺めつつ、悩める友人の事を思った。。。
 
友人は、仕事上のストレスで近く会社を辞めるかも知れないと言う。
 
友人とは、以前の職場で同僚だった事から、その仕事振りは良く知っている。
 
改善欲、段取りの良さ、周りへの気遣い、謙虚さ、などなど、、、 
文句のつけようが無い仕事振りだったことを今でも鮮明に記憶する。
 
「気持ちを切り替え、もうひと踏ん張り!」
自分からの精一杯のメッセージ。。。
 
もっと気を使った言葉を掛けられなかったのかと後悔する。
 
が、まだそうと決まったわけではない。
 
 
奈良井宿へ移動

 
五平餅が絶品だ!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
奈良井宿をしばらく散策した。
山々に囲まれた歴史ある宿場町。
 
いまの自分を振り返るには、ピッタシの場所だった。。
 
高台から、この風景を眺め、深く、そして大きく深呼吸をしたら少しだけ気が楽になったような気がした。

 
 
東京都大田区:日蓮宗池上本門寺
 

弘安5年(1282年)9月8日、病身の日蓮は身延山を出て、湯治のために常陸(茨城県)へ向かう。 9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に到着。 生涯最後の20数日間を過ごすこととなる。同年同月に、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源という。 同年10月13日に日蓮が没すると、池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて六万九千三八四坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼びならわされている。 その後は日蓮の弟子日朗が本門寺を継承した。 池上氏館の居館部分は本門寺西側の谷の一帯にあったと考えられており、現在は、1276年(建治2年)建立された池上氏館内の持仏堂(法華堂)を起源とする本門寺の子院大坊本行寺の境内となっている。 本門寺は、鎌倉・室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、近世に入ってからも加藤清正や紀伊徳川家等諸侯の祈願寺となり栄えた。 第二次世界大戦の空襲によって五重塔、総門、経蔵、宝塔を除く堂宇を焼失したが、戦後順次復興した。
 
きょうの旅人は池上通りを散策してみた。
忙しさのない穏やかな町の雰囲気である。

 
 
通り沿いの大きなマンションが目に飛び込んできた。
 
前を流れるのは呑川だ。 東京・世田谷の桜新町を水源とし東京湾へ注ぐ。

 
 
池上本門寺の五重塔が見えてきた。

 
 
忙しさのない自由な空間が心地よい。
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池上は、疲れた日常を癒してくれました。。。
 
人はそれぞれにストレスを感じる生き物です。
 
仕事に行き詰まりを感じたり、人間関係で行き詰まったり、悩みはいろいろです。
 
たまの休日は家で過ごすのもよいけど、ちょっとだけ外に出て気分転換することも大事ですね。
 
 
気持ちの切り替えが大事です。