文藝春秋 2010年 07月号 [雑誌]/著者不明
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一学究の救国論


日本国民に告ぐ


           藤原正彦(お茶の水女子大学名誉教授)




日本文明とは一体どんな文明なのだろうか。

これは難しい問題である。


とりわけその中で暮らしている日本人には見えにくい。

空気の中で暮らしている人間が空気の存在に気付いたのは、

17世紀になってトリチェリが真空の存在を発見したからであった。


人類誕生から数百万年もかかっている。

自らの文明は自らは認識しにくく、異質の文明との比較によって

ようやく見えるものと言ってよい。


幸いにして、幕末から明治にかけて来日した

欧米人を中心とする多くの論者が様々な考察をしてくれた。


彼らは、長い航海の後、

アジアの各地によりながら日本までやってきて、

「日本人はなぜこうも他のアジア人と違うのか」ということに驚愕しつつ、

日本とは何かについて自問自答を繰り返したのである。


多くの欧米人が日本を訪れ、新鮮な目で日本を見つめ、

断片的であろうと、個人的印象にすぎないものであろうと、

多くの書物に残してくれたのは実に幸運であった。

日本文明が成熟を見た江戸時代の直後だった、ということはなおさら幸運であった。


彼らの言葉をいくつか『逝きし世の面影』を引用し、参考にしつつ考えてみよう。

日米修好通商条約締結のために訪れた、

タウンゼント・ハリスは、日本上陸のたった二週間後の日記にこう記している。


「厳粛な反省―変化の前兆―疑いもなく新しい時代が始まる。

 あえて問う。

 日本の真の幸福となるだろうか」。


(中略)


また日英修好通商条約を締結するため来日した

エルギン卿の秘書オリファントはこう記す。


「個人が共同体のために犠牲になる日本で、

 各人がまったく幸福で満足しているように見えることは、驚くべき事実である」


多くの欧米人がいろいろの観察をしているが、

ほぼすべてに共通してるのは、

「人々は貧しい。しかし幸せそうだ」である。


だからこそアメリカ人のモースは

「貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」

といったのだ。


欧米では、裕福とは幸福を意味し、

貧しいということは惨めな生活と道徳的堕落など

絶望的な境遇を意味するのだが、

この国では全くそうでないことに驚いたのである。


明治六年に来日し、日本に長く生活したイギリス人バジル・チェンバレンはこう記す。

「この国のあらゆる社会階級は社会的には比較的平等である。

 金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。

 ・・・

 ほんものの平等精神、

 われわれはみな同じ人間だと心底信じる心が、

 社会の隅々まで浸透しているのである」


イギリスの詩人エドウィン・アーノルドなどは、

明治二十二年に東京で開かれたある講演で日本についてこうまで言っている。


「地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ。

 ・・・

 その景色は妖精のように優美で、

 その美術は絶妙であり、

 その神のようにやさしい性質はさらに美しく、

 その魅力的な態度、

 その礼儀正しさは、

 謙譲ではあるが卑屈に堕することなく、

 精巧であるが飾ることもない。

 これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、

 あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである」


無論ここには詩人らしい誇張も含まれているだろう。

しかし実に多くの人々が表現や程度こそ異なれ

類似の観察をしているのである。



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古き良き日本の文化に立ち返ることで、

見えてくる明るい未来はきっとあると思います。


武士道をはじめとした、

日本の古典に流れる仏教思想など、

いまにも通じるものはたくさんあることは、

実際に読んでみれば分かります。


医療崩壊の一因と言われる死生観の復興の手掛かりも、

日本古典の中にある気がします。




ガンバレ、ニッポン!





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