がん患者 治す力 (朝日文庫)/帯津 良一
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死を想うことの大切さ



人はみな、この世に生れ出て、生きて、そして死んでいきます。


死は誰にでも訪れるものであり、

それも一生にたった一度きり。
絶対にやり直しがききません。


死は、誕生の瞬間と同じように、

一世一代の大事なセレモニーなのですが、
日本人の多くは、死について考えたり、

心の準備をしたり、語り合うことを忌み嫌います

日常生活から切り離して、

自分とは遠いことのように思い込んでいます。



「死の準備?とんでもない!」

「死生観?それって何なの」


という感じで、

はお寺さんと葬儀屋さんのテリトリーのように思っています。

それは日本人の民族性によるものでしょうか。

「死は恐ろしいもの、恐いもの、一巻の終わり、

自分の生命は露と消え、すべてが無に帰する」

そんな固定観念があるせいかもしれません。


特に「不治の病」とされてきた、がんの患者さんの周囲では、

「縁起でもない」ということで、
死についてはよけい口を閉ざしてきたように思います。


思えば日本では、病院自体が最も死を嫌っているのかもしれません。

私自身も、帯津三敬病院をつくるまでは、

医療は知識と技術をもって患者さんを「生かす」仕事だ・・・

という信念に燃えていて、死について考えることはありませんでした。

心に目を向ける重要さにも気付いていませんでした。


自分の病院をもち、患者さんの生老病死に寄り添う医療をするようになって、

初めて死生観に目覚めたのです。



メメント・モリ・・・ラテン語で「死を想え」という意味ですが、
これこそ、患者さんにとっても、医師にとっても、そして健康な人が生きる上でも、

最も大切なことだと思います。


患者さんの中には、医療者の予想をはるかに超えて、症状のよくなる方がいます。

また、がんと上手に共存して、一定の小康状態をキープしつつ、

驚きの生命力を発揮される方もあります。


そんな患者さんに共通するのは、

「あっ、この人は何かが変わったな」と、

ふっと感じさせる瞬間があることです。


そうした変化を境に、病状が好ましい状態へと変わってゆくのです。

何かが変わるその源に、死生観の確立があると、私は思っています。



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「病院自体が、もっとも死を嫌っている」


そうなのかもしれませんね。


死を嫌うからこそ、必死の救命活動が行われるわけですし、


生を望みながら、死を見つめることは、

簡単なことではないと思います。



問題になるのは、


「死を見つめる」 「死生観」


とは、どうすればいいのか?



必ず死んでゆかねばならない現実を見つめるとき、


絶望以外の、何か希望は見いだせるのか?


限られた時間であることが分かるほど、


「悔いのない生き方とは?」


「自分の人生にとって、『一番』大事なことって何だろうか?」


と思わずにおれなくなると思います。



「今はまだ生きている」


その貴重な命で、何をすればいいのかを

真剣に吟味せずにおれなくなるはずです。



その答えになりうるものは、どんなことなのか、


それがまた難しそうではありますが。。。






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