看護覚え書―看護であること・看護でないこと/フロレンス・ナイチンゲール
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■ 1 喚起と保温


45 この種のことを,「自分の仕事ではないから」といって,

 患者のために行なうことを拒否するような看護婦がいれば,

 看護はその人の天職などではない,と私は申し上げたい。


 すなわち彼女たちは,まず患者のために何をなすべきかを第一に考え

 その次に自分の「役目」は何かをひたすら考えている。

 一方,現に病人が被害を受けているというのに

 これをしてくれる女中を待ち,あれをしてくれる雑役婦をあてにしているような女性は,

 自分の中に看護婦としての≪素質≫を欠いている。 



■ 2 住居の健康


12 ところで,これらすべてに気を配るといっても,

 それは,自分ひとりですべてを実行するという意味ではない。

 「私はいつも窓という窓を開けておくのですが」と責任者たちはよく弁解する。


 もしあなた方がそれを実行しているとしたら,

 それは確かに,まったく実行しないよりは,はるかにましであろう。


 しかし,あなた方は,自分自身でそれを行なわないときにも

 確実にそれが行なわれるようにできないものであろうか。


 あなたがその場を離れたとたんに事態が逆もどりするようなことが,

 絶対にないようにできないものであろうか。

 これこそ「責任を持っている」ということの意味なのである。


 そしてそれは非常に重要な意味を持っている。


 前者は,たんにあなたが自分自身の手でできることだけが行なわれることを意味しており,

 後者は,しなけらばならないことが

 あなたがいよういまいといつも行われているということを意味している。



■ 3 小管理


27 病院においても家庭においても,責任者は誰も,

 次の簡単な自問を頭に入れておこう。


 それは

 (どうしたら自分のなすべきことを自分でできるか,という自問では≪なく≫),

  なすべきことがいつも行われているようにするために

  自分はどのような対策を講じることができるか,という自問である。



33 「責任を持っている」ということは,

 たんに自分自身が適切な処置を行うだけでなく,

 ほかの誰もがそうするように手筈を整える,という意味である。


 すなわち,誰かが,故意にせよ過失にせよ,

 その処置を妨害したり中止したりしないように手筈を整えることなのである。


 それは,すべてを自分で切り回すことでもなければ,

 多勢の人間に職務を分担させることでもなく,

 各人が自分に定められた職務を確実に果たせるようにすることを意味している。


 以上が(とくに)病人に対して「責任を持つ」

 という言葉が持っている意味なのであって,

 それは病人が集団であっても個人であっても変わらない。




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あくまで、「病人」の立場で考えていたことが伺える言葉です。


「これでも自分なりに精いっぱいやってるんです」


というような言い訳は許してくれなさそうな厳しさと、


誰よりも患者さんの心を大切にしようという優しさを兼ね備えていた人が、


今もこうして語り継がれる、ナイチンゲールと言う人なんですね。




医師にとって、このようなあるべき姿を示してくれる書はあるんでしょうか?


どなたかご存知でしたら、教えていただければ幸いです。













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