阪神淡路大震災のドラマを見た。


ドラマで涙を流したのは久しぶりだった。


神戸新聞の論説からは、

医療従事者を目指すうえでも、

大切なことを学ばせていただいた。


三木康弘論説委員長の論説を引用したい



「被災者になって分かったこと」



(自宅が全壊して父親が生き埋めになり)


「生きている可能性の高い人からやっている 、

 お宅は何時になるか分からない、

 分かってほしいといわれる。


 十分理解できる 。


 理解できるが、やりきれない。


 そんな二日間だった。



 これまで被災者の気持ちが

  本当にわかっていなかった自分に気づく。


 この街が被災者の不安やつらさに、

 どれだけこたえ、ねぎらう用意があったかを、

 改めて思う」


            (神戸新聞 社説 1995 / 1/20)




「被災者」を「患者」にすれば、

そのまま、医療においても

大切なことを教えてくれていることがわかる。



大切なのは、患者になってから気づくのではなく、


「そのうち」ではなく「今」、


「患者」にならずとも、健康な時に、


患者さんの不安やつらさに、

どれだけこたえ、ねぎらう用意があるか、だ。



被災を思い出に風化させてはならないのと同じく、


医療の現場で繰り返される悲劇からも、


見過ごしてはならない、

学ぶべきことは多いはずだ。