BLACK・JACK (手塚治虫)
天才外科医の痛快な医療漫画を、久しぶりに読んだ。
患者ひとりひとりの人生に向き合いながら、生命の尊厳を問うているように思えた。
法外な治療費を請求するブラックジャック。
医師免許を持っていないことと相まって、
悪徳医師っぷりを存分に発揮する姿もまた、爽快だが、
そこにこそ、彼の信念が垣間見える。
「治る見込みは少ない。90%生命の保証はない。
だがもし助かったら3000万円頂くが」
「さ、3000万円?」
「あなたに払えますかね?」
「い いいですとも!
一生かかってもどんなことをしても払います!
きっと払いますとも!」
「それを聞きたかった」
「無免許の医師なんかにまかせられますか!!
ひきわたしてくださいっ」
「ただじゃひきわたされませんぜ」
「なんだって!!ゴネる気か!?」
「一千万円でゆずりましょう」
「-おどす気かっ け 警察を呼ぶぞ!!」
「いやならいやでいいんだ。
それなら私が手術をしようといってるんだ。
私なら母親の値段は百億円付けたって安いもんだがね。」
ブラックジャックが聞いているのは、
お金を払うかどうか、それ自体ではなく、この問いを通して、
「命の価値」をどう思っているのか?
ということではないか。
中には、家族の命がかかっていても、お金のほうが大事だと言わんばかりに渋る人もいる。
また、治療が終わってから、そんな大金を要求するのは犯罪だと、恩を仇で返す者もいる。
お金は誰にとっても大事なものだ。
生きていくためには。
なればこそ、時に、
お金が生きることよりも重視されるという、本末転倒の、
欲に目がくらんだ、人間の迷った姿が浮き彫りになることもある。
他人の命、他人の子供の危機でさえ、
財欲、名誉欲などの、損得勘定が優先されてしまう。
「自分の」大切な人、あるいは「自分自身」が追いつめられるまでは、
この利害打算で生きていることを教えてくれる。
・生命の尊厳
・命を大切にしよう
・たった一つのいのちだから
など、言葉は綺麗だが、
中身が空っぽの、虚しい響きしかないことを気づかせてくれる。
・命に直結するものと知りつつも、募金を渋ったりケチったり、
・自分の健康に関わるとわかっていても、お菓子を我慢できなかったり、
・医学部の授業で教わることは、患者の命に関わることとは思いつつも、
寝坊して遅刻したり、居眠りしてしまったり。。。
本来、命の重さは、何かと比べられるようなものではないはず。
比較すること自体、生命の価値を貶めるようなものだ。
「priceless」 とは、まさにこのことだろう。
しかし、我々は、何かと比べないとわからない。
残念なことに。
比べてはじめて、その重さに気づく。
失いかけてようやく、そのかけがえなさを思い知る。
亡くしてから後悔しても遅いのだ。
私たちは、ものごとの価値を何でもお金で計る。
「私なら母親の値段は百億円付けたって安いもんだがね」
ブラックジャックは、もっとも大切なものは何かを、
皆に気づいてほしいのではないだろうか。
最も大切なことに気づけないまま時を過ごし、
失ってから後悔するほどの、悲劇はない。
ただ命を延ばせばそれで幸せではないことは、
安楽死問題や、自殺の悲劇がそれを物語っている。
生きるのは幸せとは何かを知り、
その幸せになるためだ。
幸せとは、
価値あるものの価値を知り、
喜ぶべきことを喜ぶことだ。
尊厳ある生命を重んじ、
「生きてきて本当によかった!」
命あることに心から感謝できる人生を送ることをサポートすることが、
医学の役割であり、医師の使命だ。
「ブラック・ジャックは
医療技術の紹介のために描いたのではなく、
医師は患者の延命を行なうことが使命なのか、
患者を延命させることでその患者を幸福にできるのか、
などという医師のジレンマを描いた」
手塚治虫 (wikipediaより)