【医は仁術なり】 3
優しい医療者になるためには、何を学ぶべきか。
優しさとは、「人の憂いに敏感なこと」という太宰の言葉 から、引き続き考えてみたいと思います。
優しくなるためには、「自分も傷ついた経験が必要」という考え方もあるかと思います。
手術の不安は、手術を経験したことがない人にはわからないでしょうし、
病気や怪我で、体の一部を失うことになってしまった方の苦しみ、
余命わずかと宣告された方の苦悩、
遺族の悲しみ、
などは、共感することはできないのかもしれません。
ですが、そんなことを言っていたら、何も始まりません。
大切なのは、具体的な何かを経験することそのものよりも、
「憂い」という、心、気持ち、本質を掘り下げることだと思います。
具体からその本質を抽象し、自分のこととして想像してみる。
これは、誰にでも出来ます。
病気になった経験がなくても。
考えてみようという、その気があれば。
手術の不安なら、
「本当に成功するだろうか」
「大丈夫とは言われたけど、万が一ってことも」
など、不確定な未来に対する不安です。
まさに「一寸先は闇」という状況です。
こういう心は、程度の差こそあれ、だれにでもあります。
大事な試験のとき、
人前で何か発表する機会のとき、
就職活動のとき、
彼女(彼氏)に告白するとき、などなど。
「そんなのと一緒にしていいんかい」
という気がしなくもないですが、
こういうときの「気持ち」を掘り下げることが大事だと思うのです。
もちろん、手術前の患者さんに対して、
「自分も試験前は不安でしたけど・・」なんて口が裂けてもいえませんが、
患者さんの気持ちを察する努力の手がかりの一つしては、
こういう考え方もあるんじゃないかと思います。
不安なときは、誰にもあります。
どんなときかは、人それぞれ違います。
それこそ全く同じ経験なんて出来ません。
そんな経験はしたことがないから、と言い訳して、相手に歩み寄る努力を怠るのは、
優しさの対極にある、まさに遠仁の心 でしょう。
同じ経験は出来なくても、
「本当に大丈夫だろうか」、と心配な気持ち、
「自分は、これからどうなっちゃうんだろう」、という不安な思いに、
寄り添う勇気をもつ支えとすることはできると思うのです。
また、
「自分にもそういう不安なときはあった。辛いよなぁ。。。」と思えることが、
患者さんの傍に行く、話を親身になって聞こうという思いを後押しする気がします。
「患者さんが苦しんでいるのはわかるけれど、自分にはその気持ちはわからない。」
と思ってしまうと、正体不明の恐怖に耐えられず、
自分自身が不安になってしまって、
話を聞いたり、近づくこともできなくなってしまうのではないでしょうか。
何を考えているのか分からないクラスメイトや知人、近所の人とかには、
近づきにくいのと似てるような気がします。
優しくあるためには、人の憂い、悲しみ、苦悩を知る努力が必要です。
そのためには、自分の心を見つめなおすことが、第一歩であり、大いなる力となると思っています。
♪ 涙の数だけ強くなれるよ
岡本真夜 「Tomorrow」
と歌われたりもしますが、
自分を見つめていくことで、
涙の数より、強くなれるはずです。
また、医療従事者たるもの、強くならなければならないと思います。
また、ただ自分だけで考えるのではなく、
先人の智恵に学ぶことが大切でしょう。
歴史に学ぶことが。
歴史とは、人間の歴史。
同じようなことを考え、悩み抜き、生み出された数々の箴言。
歴史の重みに耐えてきた言葉は、現代の私たちにも通ずるところは多いのです。
「汝自身を知れ」 ソクラテス
自分自身を知るとは、人間を知ることであり、
それは、「自己に厳しく、相手にはやさしく、そして自己を確立せよ」
とあたたかな眼差しで21世紀を見つめ続ける、司馬遼太郎の願い にも通ずるところがあるように思います。