今よりずっと若かった20代くらいの頃、自分が他人からどう思われているか、いつも気にしていました。
大抵の人がそうだと思いますが、周りに受け入れられたいという思いがとても強かったのです。
人から好かれ、人気者になりたいと思っていました。
あと数週間で42歳になりますが、年齢を重ねて気付くようになったことがあります。
それは、他人にどう思われているか、全く気にしなくなってきたということです。
現在、私は結婚して家族もいるし、仕事にも恵まれています。
幸せを感じていますし、精神的に満たされています。
お金のことを言えば、もっと稼いで家族とより良い生活を送りたいと思っています。
自分の知り合いのことをちょっと考えてみてください。
年上の知り合いは、年下の友人より、正直で率直なはずです。
それは、年配の人は、いいところを見せる必要がないからです。
私自身“年長者”なので、人生で様々なことを経験してきたし、色々なことについて自分の意見もあります。
たとえ他人の気分を害する可能性があっても、恐れずに自分の意見を言います。
若い人たちは、思っていることを口にすると“誤解されるんじゃないか”とか“間違ったイメージを持たれるんじゃないか”と、いつも気にしているようです。
現実に目を向けてください。
全員を喜ばせることはできないのです。
なぜ、自分がどんな印象を持たれているか、気にするのでしょう?
年を取る利点のひとつが、若い人たちに説教を“したい気分に”なっても、“許される”ことです。
諭すことが神から与えられた義務だと思った時は、若い人に説教しましょう。
そのために“偏屈おじさん・偏屈じいさん”という言葉があるのです!
私は、そこまで年寄りでも偏屈でもありません。
大抵の場合はね。
年下の人たちともうまく付き合えますが、考え方にギャップがあるのは感じます。
でも実は、私はわざと議論を起こすのが好きで、誰かが反論すると分かっていることをあえて口にします。
ここでも時々、議論を起こすような投稿をするかもしれませんが、どうか偏屈なだけだとは思わないでください。
人生のささやかな楽しみのひとつなんです!