坊っちゃん文学賞 落選作、つづき | 52歳 一生底辺。もうフリーターでいいや

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ギャンブルとホッピーが好きな52歳 会社員です。20代でハマった競馬と風俗のせいで、人生ハチャメチャです。
最近、近所のラーメン屋さんで夜のアルバイトをはじめました。
いろいろと大変ですが、もう若くない身体に鞭打ってがんばっています。

 

その前の年も落選……

こんにちは、よしまるです。

昨日に引き続き、松山市の『坊っちゃん文学賞』の落選作です。

 

夏目漱石『坊っちゃん』(角川文庫)

 

まあ、せっかく書いた作品の供養だと思って……。良かったら、ご一読くださいませ。

 

■『坊っちゃん文学賞』落選作②

 

  『虹色の墓』

 

「そんな馬鹿な!」

 湯河原社長が日焼けで黒光りするU字ハゲをピシャリと叩いてそう叫んだ。何やら事件が起きたようだと察していながら、そんな馬鹿なという社長のセリフから台湾バナナを連想してしまうわたしは、ここ「横浜みどり霊園」の管理運営を担う株式会社みどり産業のふつつかな新入社員だ。

「そんな事ができるはずがない」

 大黒さまのように丸々と突き出たおなかをさすりながら、社長はなおも興奮している。今日は九月二十日で、時刻は午後三時。彼岸の入りで、朝からお墓参りのお客様が大勢お見えになられた。新入りのわたしもお供え用のお花を売ったり、お年寄りのためにお線香に火を点けて差し上げたりと、結構忙しく立ち働いた。お客様の数も落ち着いてきたので、そろそろお茶の一杯も頂こうかと考えていた時、先日霊園見学にいらっしゃった鶴巻様から、契約キャンセルの連絡が入った。鶴巻様は福岡県のご出身で、ロマンスグレーの髪が良く似合う、品の良い紳士である。故郷の風習に従い黒御影石のお墓をご所望だったため、中国産黒御影石の最高級石材である『山西黒(さんせいぐろ)』のお墓のお見積書を作成してお渡しした。

 今、日本で建てられる墓石には、ほとんど外国産石材が使用されている。中でも中国産石材が圧倒的なシェアを誇る。今から三十年以上前に霊園事業に参入したという湯河原社長は御年六十六歳。中国産石材の可能性にいち早く着目し、中国の丁場(石切り場)と独自のルートを開拓する事に成功したそうだ。単身で福建省に渡り、人脈を築いた。そのため、他の霊園や石材店では輸入できない良質の石を確保できるのが、この横浜みどり霊園の売りとなっている――はずだった。

鶴巻様のキャンセルの理由は「よその霊園で提示された建墓代金の方が三割も安かったから」という極めてシンプルなものだった。よその霊園とは、つい先月すぐ隣に開園した欧風型公園墓地「エクセレント横浜」。管理運営会社である鬼怒川幸建の鬼怒川社長は、こちらと同じように山西黒を使う事を約束してきたという。「みどり霊園さんより良質の石を用意します」とも言ったそうだ。

「鶴巻さん、ちょっと待って下さい」

 社長はなおも粘っていたがあえなく電話を切られてしまい、管理事務所の事務用椅子にがっくりと座り込んでしまった。そろそろ夕日が差し込もうとしている窓際の椅子で、しばらくは茫然とした体の湯河原であったが、やおら立ち上がり「由佳ちゃん、行くぞ!」と、わたし肩をパシッと叩いてから管理事務所を飛び出した。社長、女性の体に触れるのはハラスメントですよ、と思う間にも、社長はどんどん進んで行く。

 向かった先は針葉樹の林を挟んだすぐお隣のエクセレント横浜である。霊園の入り口に立つと、暖色を基調にしたインターロッキングの参道と、そこここに配置された白い石膏像が、午後の陽光に映えて目に眩しい。オープンして間もないにも関わらず、すでにいくつかの墓石が建ち上がっている。しかも、そのほとんどが黒御影のお墓である。

「鬼怒川ぁ!」

 大切な故人を偲ぶ墓地という場所にはとてもふさわしくない野卑な声で、社長は管理棟の中へと入っていった。鬼怒川幸建は十年ほど前に創業した土地開発の会社で、代表の鬼怒川さんはその昔、みどり産業で働いていた事もあるという。そこで霊園開発と墓石販売のノウハウを学んで独立し、ついに初めての自社開発霊園として、このエクセレント横浜を開業したのだった。

「湯河原社長、どうしましたか」

 管理棟の奥の所長席に座る鬼怒川さんは、ブリティッシュな細身のダークスーツを身に纏っていた。鼠色のポロシャツの上に作業用ジャンパーを羽織っただけの湯河原社長とは好対照な雰囲気だ。

「鶴巻さんの件だ。あんな見積りで墓が建つ訳がないだろう」

 接客用のカウンターの脇を通り、社長は鬼怒川さんのデスクの前に立ちはだかった。夕日を浴びたU字ハゲがより一層光っている。

「できるんだから仕方ないでしょう。企業努力ですよ」

「あれは山西黒の単価じゃない。貴様、何をした」

 湯河原社長のぬめっとした視線を、鬼怒川さんは口元の微笑とともにやり過ごした。湯河原社長はそれ以上何も言わず、踵を返して管理棟を出て行ってしまった。わたしは無礼を詫びる意味も込めて、ぴょこりと頭を下げてからその後へ続いた。外へ出た社長は墓域内に立ち、黒御影石で建てられた洋型墓石をじっと見つめていた。わたしも隣に立って同じ石を眺めた。石の表面に美しい艶を持ち、なんともいえない光沢がある。みどり霊園にも黒御影石のお墓は多いが、これほどの深い色合いを持つ石は見た事がない。うちより良質の石が揃えられるという鬼怒川さんの言葉も、あながちハッタリではないのではないかと感じた。

その日以降、みどり産業の業績は冷え込んだ。お客様がお墓の見学にいらっしゃっても、ことごとく鬼怒川幸建との相見積りで負けてしまう。三ヵ月も経つ頃には、エクセレント横浜の園内は黒御影のお墓ばかりが三十基以上も建ち上がっていた。

やがて年末となり、短いお正月休みを挟んで、霊園の営業が再開された。寒い季節に亡くなる方が多いため、一月と二月はご納骨のお手伝いをする機会が増える。そして迎えた三月は春のお彼岸のシーズンで、墓石販売のお仕事が忙しくなる……はずだったが、今年は例年に比べてご成約となるお客様がとても少ない。その分、隣のエクセレント横浜は絶好調のようだ。だが、そんな状況にも関わらず、湯河原社長は淡々と日々の業務をこなしているように見えた。会社の売上は昨年の半分以下に落ち込んでいるはずなのに、少しも焦った様子が見えない。新人ながらわたしの方がおろおろしてしまい、ある日、会社の先行きについて不安を感じている旨を社長に告げると、お墓を掃除中だった社長はワハハと笑いながらわたしの背中をポンッと叩いて、何も言わず水場の方へと去って行った。だから社長、体に触るのはダメですって。

 春が終わり、五月が過ぎて六月に入ると、例年通り梅雨がやってきた。細い雨が断続的に五日間も降り続き、つかの間の晴れとなったとある日曜日、お隣のエクセレント横浜で何やら騒ぎが持ち上がった。針葉樹の林を越えて聞こえてくる喧噪と怒鳴り声、そして罵声。わたしが何事かと思っていると、湯河原社長が椅子からゆっくりと立ち上がった。

「由佳ちゃん、行ってみよう」

 またもや伸びてきた社長の手を辛くもかわし、わたし達はエクセレント横浜へと向かった。管理棟が見える場所まで来ると、鬼怒川さんが大勢のお客様に取り囲まれていた。なにやらひどく責め立てられているようで、自慢のスーツも皺くちゃだ。しかし、わたしが何より驚いたのは、墓域内の風景だった。暖色のインターロッキング、整然と建ち並ぶ墓石、その全てが虹色に染まっていた。いや、それは染まるというよりも、ぎらぎらと虹色に光っているという方がふさわしい光景だった。

「油だよ」

 わたしと並んで墓域を見つめていた社長が、ぼそりとそう呟いた。

「山から切り出した白御影を、特別にブレンドした重油と薬品に数日間漬け込むと黒御影になる。昔、中国の丁場で盛んに行なわれていたんだ」

 鬼怒川さんが販売した山西黒やインド黒は、実は安価な白御影だったという。それが本当なら、石の偽装ではないか。

「このやり方が流行ったのは、あいつが俺の会社に入ってくる前だった。こんな事をする丁場はもうないと思っていたが……」

 単価の安い白御影を、偽装によって高価な黒御影に変えて輸出する事で、中国の業者は不当な利益を得る。もともとの仕入れ値が安いのだから、廉価販売してもじゅうぶんな儲けが出る。それがエクセレント横浜の驚異的な見積り書の秘密だった。

「この霊園で石を見た時、もしかしたら本物の山西黒じゃないかとも考えた。だから、忠告をためらってしまった。昔よりはるかに技術が進歩しているな。中国の企業努力だな」

 どんなに技術が進歩しても、偽装した墓石には重油が染み込んでいる。それが梅雨の長雨で外へ染み出し、霊園全体を虹色に変えてしまったのだ。

「どうせタチの悪い商社の売り込みに乗っちまったんだろ。あいつは昔から山っ気があるからな。ちゃんと教えてやらなかった俺の責任でもあるな、こりゃ」

 湯河原社長はそう言うと、大勢のお客様に取り囲まれて泣きそうな表情を浮かべる鬼怒川さんの方へと歩を進めていった。

 

 最近、エクセレント横浜の墓域にはひっきりなしに建墓用のクレーンが入っている。偽装された墓石を撤去し、新しいお墓を建てるためだ。今回の件で信用を失った鬼怒川幸建は一時墓石事業をストップし、みどり産業の下請けとして稼働してもらっている。湯河原社長のツテで仕入れた良質な黒御影を使用した新しいお墓が、どんどん建ち並んでいくのを眺めるのは、なかなか気持ちが良いものだ。

 三十基のお墓を建て替えた後、鬼怒川さんはまた霊園での墓石販売を再開する予定だ。今度は信用できる真っ当な商社(これも湯河原社長の紹介なのだが)から石を入れるという。そして、毎月の売り上げの中から、今回の建て替え工事に要した費用を、みどり産業に返済していく予定だ。だから、今後はお互いにお客様を紹介し合う良好な関係を築かなければならない。豊富な緑の植栽と落ち着いた雰囲気を好むお客様は横浜みどり霊園、ヨーロッパの庭園のような明るい公園墓地がお好みのお客様にはエクセレント横浜を選んでいただく。どちらも故人を偲ぶ場所である事は変わらない。どっちが良くて、どっちがダメとか、そんな話ではないのだ。

 また巡ってきた秋の日差しの中、お茶を頂きながらわたしがそう話すと、

「由佳ちゃんも分かってきたなぁ」

 と言いながら社長がわたしの頭を撫でようとするので、わたしはお茶をこぼさぬように注意しつつ素早く体を捻ってその手をかわすのだった。

 

 

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テーマがお墓とか霊園というのが良くなかったかな。自分が書きたいものと、募集要項の相性が悪いです。といって、お墓の小説なんて誰も募集してないけど。難しいですねー。