やっぱり常に勉強している人でないと目立ったり偉ぶられたりする事を嫌がる、結局大人という通念に身を隠している華奢でひ弱なガリ勉野郎ばかりだという事だよ。賢い奴だけが浮かばれてほしい類の。
 知識ばっかひけらかして、お前らみたいなのばっかりになったら寧ろ愈愈映像なんて終わりだよ。それはそれ。あっちはあっち。という頭がない。馬鹿馬鹿しい。


 例えば『キングオブコントの会』の松本人志の演技力。これは明らかに他と違う領域であるのが分からんのか。ウッチャンやさまぁ〜ず大竹らも用する「憑依芸」というやつだ。
 ロバート秋山やシソンヌじろうも見事ではあるが、彼らのそれはもっとナチュラルでいて、キャラへの入り込みが深い。もう自然なアホを演じてるんだよ。見せつけるアホじゃなく、自然なアホを。


 こういう細かなクオリティをファンは解っているから、彼らは大御所という地位に座ってるんだよ。芸人たちは勿論、お笑いファンもそこは大いに理解している。勿論コントだけじゃない。松本人志に関してはダウンタウンとしての顔。ガキ使の時の顔。ピンでの活動の顔。吉本の重鎮という面での立ち位置、それは謂わば政治力だろう。


 それを「分からない」連中は外野からいきなり頭ごなしに「つまんない」と言う。それなりの影響力を得た後に突然外野から放り込んでくる。「分からない」のは構わない。が、そこにもそっちと同じような「専門性」というものがある。という理屈に何故結び付かない?ただただこれだけ繁栄してるお笑いに対して未だに差別的な目を向けているだけだろ。
 「お笑いはもっとバカで、大衆的なものだ」ってそれは口に出さずにそういう方向で売ってる芸人を見て応援して、金がわんさかあるなら支援でも何でも勝手にしてやりゃいいじゃねーか。って話だ。そんなんいい大人なら分かるジャンル間への礼儀だろうよ。


 まぁ今回のスキャンダルは、もし本当ならばもう現代では通用しないのは顕著である。それに関してはなるようになるのを見届けるしかないが、往年のファンは寂寞の思いに駆られるだろう。こんな形でフェードアウトされるのは実に悲しい。まぁ仮にそうなっても、今更干したところで普通に松ちゃんの一人勝ちだろけどね。一般人になりゃもっと公然と遊べるだろし。


 これみよがしにTVで頑張って来た人達を、能弁だけで人をシリアスにしかしないデリカシーもない無芸な者達が笑いも何もない批判や愚痴りで毟り取り、野っ原にして結局何がしたいんだか分からない。


 とにかく感じるのは、時代が変わった。視聴者や世間の受け取り方が見事に変わった。90年代-10年代までと。
 松本人志は紛れもなくこの期を走り抜けた天才。(今は有吉に変わったかーー)「天才とは時代と共に現れ、時代と共に消えてゆく」つまりは、お笑いの手腕やお笑いの専門性にもう留まれず、プライベートも含めその言動全てを掻い摘まれる定めにある、天才の宿命なのかもしれない。

 立川談志の遺したその言葉が、どんよりと漂っているーー


 〈追伸〉YouTuber識者共は所詮、センターにはなれないボンバーマンでいう「みそボン」に過ぎないよ。