サラリーマン時代のこと

新卒で入社したアパレルの会社を退職するとき

社長と2人きりで最後の面談をした。

 

奢ってもらった缶コーヒー片手に

喫煙所で激励の言葉をいただく。

 

突然、社長が私の顔を覗き込む。

「お前、歯キレイだなあ〜」

後にも先にも、歯を褒めてもらう機会はない。

8月8日、今日は歯並びの日。

 

●今日の戯言

小5から中3までサッカー部だった。

初めて出た試合でハットトリック(1試合で3得点すること)を決め

試合の全得点を叩き出したときは、月並みな表現になるが自分で自分を天才だと思った。

新聞の地元ニュース欄に

「彗星尾の如く天才サッカー少年現る」

なんて見出しを打たれたらどうしよう、と妄想もした。

 

サッカーをはじめてほどない頃

スポ少の監督が推薦できる立場にあったおかげもあり

選抜チームからお呼びがかかった。

チームメイトにも囃し立てられ、わたしは自惚れきっていた。

天狗になる、とはまさにこのときのわたしのこと。

しかしその高すぎる鼻はへし折られることになる。

選抜チームに加わったわたしに厳しい現実が突きつけられた。

 

いろんなチームの精鋭が集まるそこは

まさに個のぶつかり合い、個性のデパートだった。

小5で既に背丈が180cmほどある、大巨人キーパー。

顔も背丈も、髪型から履いているスパイクからトレーニングウェアまで同じ双子。

全国選抜にも選ばれる、まさに次元が違うドリブラー。

格闘ゲームのキャラクター設定さながら、全員が特徴だらけだ。

 

皆、プレーもすごかった。

トラップ、タッチ、ドリブル、シュート、ヘディング

基本的な動きはもちろん

利き足とは逆のキック、スローインの飛距離、視野の広さ

流れの中での能力が明らかに高かった。

彼らの中に加わると、わたしはボールを数秒持つことすらできなかった。

まったく歯が立たなかった。

 

そりゃ、わたしだって部活の練習は真剣にやっているし自分なりに工夫もしている。

でもやはり同じ環境でやっていても伸び代に限界があるってもので。

定期的とはいえ、いきなりトップレベルの輪の中に放り込まれても着いていけないのだ。

飼い慣らされた犬がサバンナに放たれたようなものだ。まさに為す術なし。

恥ずかしい、迷惑をかけたくない、怒られたくない。

いつもそんなことばかり考えていた。

 

せめてプレー以外のときくらいは

ふざけあえるのがいれば気が楽なのだけど

選抜チームの連中は、サッカー歴が長く

わたしがサッカーをはじめる以前からの仲で

友達の輪が完成していた。そう思い込んでいた。

内向的なわたしはそう決めつけてしまうのだった。

皆の輪に飛び込む勇気もなく、居場所を無くした。

 

一才の活躍などなくそれでも中3まで選抜に呼ばれ続けたわたしの

サッカースキルもそりゃ少しは成長しただろうが、それは他の人とて同じ。

その差は縮むどころか、年を追うごとに開く一方だった。

 

気づけば、選抜チームに参加するたび

足を攣ったフリをしたり

既往症の股関節炎がぶり返すフリをしたり

あらゆる手を使って仮病を発動した。

サッカーなんだから足を使えって話なのだが。

自分でも情けなかったが、毎回ひと試合は出ることで

無理やり自分を納得させた。

 

上達したいという気持ちと

下手な自分を晒したくないというチンケなプライドと

周囲に迷惑をかけたくないというアスリートにあるまじきメンタルの弱さ

いろんな気持ちが入り混じって苦しめられた。

 

わたしはただ、楽しくサッカーがやりたかっただけなのに。

気の置けない学校の仲間たちと、それでも馴れ合いではなく

切磋琢磨していたいだけだったのに。

どうしてかわたしは、この頃からどうしようもない意気地なしなのだ。