ふるさと秋田には、家でたこ焼きをする文化がない。我が家も、身近な人たちでも、たこ焼き器を持ってる家は見たことがなかった。たこ焼きとは外で食べるもの。いやいやながら親に着いて行ったショッピングモール。時間は日曜の昼下がり。ゲームセンターで遊び尽くして「なんか小腹が減ったな」というときに食べるものだ。もしくは家で食べるのであれば、冷凍食品のたこ焼きだった。

 三時のおやつには、お菓子よりも軽食が食べたくなる。この食の嗜好は小学校低学年くらいに始まったと記憶している。ポテトチップス、せんべい、クッキー、チョコよりも、チーズを乗せたトーストや、コンビののホットスナック、そして冷凍食品。我が家の冷凍庫には、たこ焼きのストックが常にあった。

 冷凍のたこ焼きは温めすぎると小さく萎んでしまう。解凍前は一丁前の形と大きさを保っているくせに、チンした途端にふにゃふにゃ。そこまでやったら失敗。かといってなぜか表記通りの時間で温めると少し芯が冷たいことが多い。中心には主役のタコがいるわけだから、ある程度は熱くあってほしい。ちょっと、いやかなり面倒だが10秒刻みで温めるしかない。ものぐさのわたしがここまでするのだから、やはり子供のころから食へのこだわりは強い方なのだと思う。

 冷凍とはいえ、内部のとろっと感も多少は残っているからすごい。そして一口かじれば登場する小さいタコが愛らしい。申し訳程度とはいえタコの有無で話は大違い。友達と遊ばない日は家にまっすぐ帰ってこれを毎日のように食べた。わたしのたこ焼き観を形成したのはニッスイさん。

 冷食たこ焼きばかり食べてきた私だったから、初めて外で食べたときは発見、感動の連発だった。百貨店、地下の飲食店街のテナント。他で見たことも聞いたこともないお店。名前は「たこ佳(たこよし)」

 まず、形から違った。冷凍のは、皿に置いてレンジで温める用に底が平らになっている。一方でお店のやつはまん丸。完全なる球体。そりゃ、あの鉄板で焼けば球状になるか。じゃあ逆に冷凍食品のたこ焼きはどのやって焼いているのだろうか。

 そして何よりもタコのサイズが全然違った。店のは大きくて噛み応えがある。主役はぼくだにょ、といわんばかりの存在感。申し訳程度の冷凍のとは大違いだ。そして我が家では登場しない青のり。鰹節で十分磯の香りがするのに、青のりでさらに香りが立つ。茶色ばかりのたこ焼きに緑が加わって、齧ったときの食感もぷつんと楽しい。ソースやマヨネーズは、市販のものと大きな差は感じなかった。

 さらなる衝撃を受けたのは、初の銀だこ。大学生になり関東で暮らし始めたときのことだった。駅ビルに入ったテナントの前を通りがかった私は、揚げ焼きの香ばしいにおいと、まだ焼き途中のとろとろでつやつやの生地がとてもうまそうに見えて、吸い寄せられるように行列に並んだ。

 銀だこは生地が別次元。それまでに食べたどのたこ焼きよりも生地がカリッカリ。中で沸騰する「マグマ」のような生地を留めるための厚い外殻。油で揚げ焼きする銀だこに、発祥の地大阪の人は「あんなもんたこ焼きちゃうねん」とツッコむらしいが、ボケと思われてもしようがない。大学の卒業旅行で訪れた大阪。道頓堀商店街で本場のたこ焼きを食べたが、たしかに生地、食感、価格帯の全てがベツモノだった。

 たこ焼き一つでも物語があるもんだ、とここまで書いた感想。いろんなたこ焼きを食べてきたけれど、今では家で作る。我が家はホットプレートに付属するたこ焼きプレートで焼く。大きめのを一気に24個も焼ける優秀なやつだ。妻の親友が我々夫婦の結婚祝いとして送ってくれた。これで2周もすれば、お腹パンパン、粉パンパン。

 ベースとなるキャベツ、ネギのみじん切りはもちろんたっぷり。毎回、キャベツは余って、使い所に困るくらい。主役となるタコはあまりに大きいと上手に包めずはみ出してしまうから、0.7センチ角くらいがいい。コクを出すために揚げ玉も欠かせない。紅生姜は妻が苦手だから、私だけ後乗せで食べる。

 お家たこ焼きの楽しみは、自分たちのやりたい放題だということ。具材の変わり種としてはチーズ、明太子、キムチ、ウインナーあたり。ウインナーは妻から教わった。妻はまた、友達の家でやったたこ焼きパーティで体験したらしい。食べる前には、にわかには信じられなかったが、今ではすっかりとりこ。チーズは溶け出すが、しっかり焼くと生地と一体化してカリッとなるから大丈夫。

 油、生地、具材、そしてもう一度生地を重ねてからは、時間との戦い。生地の境界線を引き、ひたすらひっくり返していく。タコをなるべく中心に押し込んで、生地を内へ内へと丸め込む。会話もそっちのけでたこ焼きに集中するべし。美しく、おいしく仕上げるためのストイックなひととき。

 ソースは刷毛で塗ると生地全体にしっかり味がつく。雰囲気が出て気分も上がる。マヨネーズは細く3本出るやつが量を調整しやすくてよい。青のりと鰹節は、かならず前者が先。逆にすると、鼻息で青のりが吹き飛ぶからだ。焼きたて熱々のたこ焼きを頬張れば、ハフハフ必死。吐息程度ならまだましだが、私はくしゃみでトッピングをすべて吹き飛ばしたこともある。あれは悲惨。大の男がティッシュで青のりをかき集める姿ほど惨めな姿はない。

 ソース味に飽きたらネギダレもいい。長ねぎをみじん切りにして、ごま油、塩、砂糖、お酢と和えるだけ。箸でたこ焼きに穴を開け、タレをスプーンでひと掬い。ネギが溢さないように、穴に入れるようにかけていただけば美味。妻はソース:ネギダレ=1:1くらいの割合でいくくらい気に入って食べる。

 「もう焼けてるかな?」「あたし、もうちょい焼くわ」「はふっ、あつぅ」「これタコ入ってないわ」「こっち2個入ってた!」「これ、めっちゃ上手く焼けたからおれのね」「チーズ入りどれだっけ?」「ソース取って」とか言いながら、好き勝手に楽しむ。網戸にして、換気扇を「強」で回しても2、3日はにおいが取れないという大きな代償こそあれど、その時がおいしくて楽しければいい。しばらくは「おいしかったね」という会話も続く。洗い物だって少ないし、残したらふにゃふにゃの2日目もおいしい。たこ焼きはそんな気楽なところがいいのだ。