「若者が心得ておきたい3つの要素」の最後は「世代間格差」です。

経済成長があって、元気がある国というのは、若者が元気であるということです。

しかし、現在の日本では若者に元気がありません。

その一つの原因が「世代間格差」です。

「世代間格差」というのは、普通は社会保障や雇用だったりします。

もちろん、それもあるでしょう。

ですが、それらの根源にあるのが、自分が言う「選挙の一票の世代間格差」です。

残念なことに、今は若者よりも高齢者の方が人口の割合が大きいため、一票の世代間格差を生み出しているのです。

それが、どんな歪みを生み出しているのか。

例えば、「社会保障を充実させましょう!」という候補者と、「若者のための雇用を生み出そう!」という候補者と出た場合、どちらが当選しやすいかということです。

若者が多かった一世代前であれば、後者の候補者が当選するでしょうが、高齢者が多い現在であれば、前者の候補者が当選することになるでしょう。

残念なことに、それが今の日本の現実なのです。

それを如実に現れてしまった出来事がありました。それは、ある政治家を囲む会のこと。

最近、政治に興味を持った若いお母さんが参加したい・・・と、その囲む会の後援会の幹事の方にお願いしました。

少し不安に思ったものの、快く「どんどん参加してください!」と言ってくれたので、意気揚々と参加しました。

ところが、会が始まって、政治家の方が一通り話し終えて、質疑応答になったとき・・・。

質問をするのは、いかにも慣れた感じの高齢者の方々。

そして、そのお母さんが、少子化問題、保育所の問題の質問をしようとすると、司会の方から制止が入ります。

それでも、質問をしようとすると、「そういう問題に対しては、今回の議題ではありません。それに、質問書を提出されましたか?勝手に、質問をされると先生も困るのですけどね。」と言われる始末。そして、気づくと、周りの参加者からもギロリと睨まれ・・・。

ただ、その政治家の先生もさすがにヤバイと思ったらしく、質問を受け付け、それに答えてもらいました。

このお母さんが、少し度胸があったので、本来の質疑応答ができましたが、普通の精神の持ち主ならば、いられないと思います。

残念ながら、それが今の政治家の囲む会の現実なのです。

つまり、ある意味、政治家たちを高齢者たちが囲んでしまっているのです。

ただ、今の民主党が3年前に政権交代を果たした総選挙のときに、若者が立ち上がって一票を投じたのは事実なのです。

世代間格差だからと言って、萎縮する必要はないのです。

今、若者たちが自分で社会を担っていくんだという決意を持っていれば、まだまだ日本は捨てたものではありません。

そういう若者を、一人でも多く育てていきたいですね!!

3回に渡り、ありがとうございました!

また、いろいろ教育に関して、書きたいと思いますので、よろしくお願いします!

「若者が心得ておきたい3つの要素」の二つ目は「歴史認識」です。

前回の「思想」に若干似ているとは思いますが、「歴史認識」もまた、日本を一つにまとめることができない要因の一つだと考えます。

例を挙げると・・・。

1.従軍慰安婦問題はあったのか?なかったのか?

2.南京大虐殺はあったのか?なかったのか?

3.太平洋戦争は、大東亜戦争でありアジアの植民地支配を解放する戦争だったのか?それとも、単なる軍部の力を示すだけの戦争だったのか?

4.日本国憲法は日本の憲法なのか?アメリカから押し付けられた憲法なのか?

5.部落は迫害なのか?既得権益なのか?

などなど・・・。

教育者の立場にいる以上、これに対して、どちらかの見解を示して、どちらが正しいと言うことはできません。

ですが、自分に言えることは、これらの歴史認識は相容れぬ場合が多く、両者の溝は深くなるばかりで、いつまで経っても平行線のままなのです。

特に、憲法問題は・・・不思議な現象を起こしています。

本来、制度を守るべき思想の保守派が改憲を唱え、本来、制度を変えるべき思想の改革派が護憲を唱える。

どうも、これは戦前の歴史問題と明治憲法に関わっているようです。

つまり、保守派の主張は、明治憲法こそ我が国本来の憲法であり、昭和憲法はアメリカによって変えられてしまった憲法であると。

ふむふむ・・・。ただ・・・。

自分の経験上、そして歴史の流れを見ると、「歴史認識」というのは錆び付いていく傾向、または曲げられる傾向があるようで・・・。

さらに、憲法の改憲問題にいたっては、改憲派の主張も護憲派の主張も、時代にそぐわなくなってきています。

つまり・・・歴史認識に対する新しい考え方が必要だということです。

鄧小平氏が、尖閣諸島の領土問題を問われたとき、「次の世代の若者が、どちらの立場でも納得できるような解決策を見つけてくれるだろう。」と言っていたのですが、今こそ、次の世代のための考え方が必要になってきているのだと思います。

しかし、残念なことに、中国も韓国も日本に対する憎しみを植えつけるように、歴史認識を利用して、反日教育と言えるような教育をして、愛国心(または、ナショナリズム)を高ぶらせることをしているようですが・・・。

正直、このような考え方、主張、教育は古いと思います。

そして、日本も・・・。

政治の混乱もあるのであれば、もう二者択一のような形でないようにすればいいかと思います。

つまり、もっと、違った考え方ができると思うのですが・・・。

そういう若者を育てていきたいと思っています。

以前、このブログに「若者が心得ておきたい3つの要素」という記事を掲載しましたが、抽象的で、不明瞭な部分があったので、記事を引っ込めました。

今回、改めて文章を精査しまして、記事を掲載したいと考えています。

まず、「若者が心得ておきたい3つの要素」の一つ目は「思想」です。

ほぼ同一民族、同一国家において、これだけ日本を二分する思想が特殊な形態で展開されているところを見ると、日本という国は、改めて不思議な国に感じます。まずは、

「右翼」と「左翼」

「右翼」とは保守的で、国粋主義的な思想の傾向があり、伝統的な社会秩序や価値の維持や、天皇をはじめとする伝統的に形成された社会的地位や身分などの社会的成層への支持を表すために使用されます。

一方、「左翼」とは、より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層を示す。そのため、急進的、革新的、または革命的な政治勢力を指す。つまり、天皇に関しては制度反対を唱えている。

ヨーロッパを初めとして、外国でも「右翼」と「左翼」は存在している。議会の席も右と左に配置しているのも、そんなに珍しいことではないし、本来の「右翼」と「左翼」思想に順じて活動をしている。「極右」「極左」など極端な思想はありますけどね。

ただ、日本の場合は、「右翼」と「左翼」の思想が少し違った形で展開されている。その一例が「憲法改正」論議である。日本では「右翼が改憲」「左翼が護憲」なのだが・・・本来の思想の意義から考えると反対であるのだが・・・。

憲法改正論議に関しては、次回に掲載するとして、海外の思想と日本の思想は違います。

しかし、残念ながら、この違いが日本を一つにできない要因でもある。

外国の場合は、思想が違っていても、国旗と国歌の下に・・・と、いざとなったら国家のために動くのだが、日本の場合、その国旗と国歌が国民の意思統一で定まっていない。多くの教育現場では、国旗と国歌をめぐって、卒業式・入学式で対立するという構造になっている。

自分は日本人である

と、ごく普通の考えをしているだけなのだが、国旗と国歌で争いごとが絶えないのは、とても残念なことである。日の丸や君が代がどうだとは言わない。せめて、多くの国民が賛同できるような国旗と国歌にして欲しかったと思う。

ただ、こういう書き方をすると、残念なことに「お前は左派(左翼)か?」と言われてしまう。そういう意味で言っているのではないのですけどね・・・。統一して欲しいと言っているだけで、「日の丸にしなさい」「国旗を変えなさい」のどちらを言っているわけではないのです。国歌にしても同様です。

どうも、日本を二分している思想は、相手の意見を到底受け入れられないという面を持っている。

「受け入れられなければ、離反する」

この考え方は、日本特有のものであろう。海外では、任期が終了するまでは離党することはほとんどない。日本の場合は、比例代表で選ばれたとしても、平気で離党をする。

相手の意見を受け入れない・・・という姿勢で来る以上、日本が一つにまとまるわけがない。

まだまだあるでしょうが、このような思想の違いは日本特有のものであり、日本をまとめることができない要因であります。

ただ、それが、今の若者には理解されない構図であるのも事実です。

だからこそ、こういう現実を若者に知ってもらいたいのですが・・・。

札幌にいた頃ほどではないが、今でも野球を観て研究をしている。

昔は、ある野球評論家のゴーストライターをやったこともありまして・・・。

そこで、野球のテーマやデータ、論理や評論を提供していました。

もちろん、本人の名誉のために、誰のかは・・・口は割りませんが(苦笑)


札幌にいたので、対象チームは「北海道日本ハムファイターズ」でした。

ですが、離れてみると・・・いいところ、悪いところ・・・なお、色々と見えてきますね。

それだけでなく、日本ハム以外の野球にも目を向ける機会も多くなりました。


今年の夏の甲子園野球を観ていて・・・。

甲子園を沸かせていたのは・・・桐光学園の松井裕樹投手だろう。


「1甲子園大会記録の坂東英二の83奪三振を抜けるか!」


マスコミやファンは、そんな期待をかけるようになった。

しかし、自分はこの瞬間に「三振」という「麻薬」にかかったのが見えてしまったのだ。


「三振とホームランは野球の花」


とは、よく言ったものだが、三振もホームランも、自分から見るとどちらも「麻薬」に見える。

つまり、自分には、松井投手も周りの人たちも、知らず知らずのうちに、「三振の魅力」という「麻薬中毒」にかかってしまったように見える。

そして、それは知らないうちに「勝利への戦術」が見えなくなってしまったのではないかと考えます。


三振もサードゴロも、アウト1つには変わりありません。

三振を取る間に、何点も取られてしまっては、意味がありません。

ですが、本当に「三振」が欲しい時は、1試合の中で何回かあります。

そういう「三振」を本当に必要なときに取れる投手が、凄い投手だと考えます。

それを、最初から「三振」を取るピッチングをしてしまったら、相手に対策を立てられてしまい、体力も使い、本当に欲しい時に「三振」が取れなくなってしまう・・・。

いかに、体力も筋力も使わない球種を、効果的に使うか・・・。

戦略的にも、戦術的にも、そういう思考が必要だったのではないでしょうか?


現に、光星学院戦では、一番疲労がピークになるであろう、8回に捕まってしまったのだ。

どうしても、三振を取るためには最低3球、場合によっては6球以上を要します。

そして、三振を取る球種は、体力と筋力を要するものばかりです。


しかし、内野ゴロやフライは、うまくすれば1球で終わることもある。

15三振を取る頃には、100球をとっくに超えてしまうのは想像に堅くありません。

8回まで我慢をした、光星学院の戦術勝ちだったと思います。


ただ、松井投手はまだ2年生。

この1年で、どう変わってくるかを・・・今から楽しみにしています。


さて・・・・これが、教育に何の関係があるのか??


教育の場面でも、「麻薬」に相当する部分はたくさんあります。

教員たる者、それにかからず、冷静に見る目こそ、必要な素質ではないでしょうか。

・・・と言っている自分も、麻薬にかかったことはありますが(苦笑)


だけど、あえて言わせて貰いますが、冷静な視点で、生徒に言うことは必要だと思います。

何が本当に必要なのか?本当に先入観がないのか?・・・などなど。

下手なアドバイスや価値観で、濁っていることがあります。

今、生徒に見えていることが真とは限らないかもしれません。

それを、冷静な視点で見るのが、教員の役割だと思います。


ですが・・・・残念なことに、それができない教員も増えてきました。

若い新任のときに、そういうのを教えていけば・・・違ったのでしょうが・・・。

こういうことからも、新任研修は重要だと考えるのですが・・・。

久々に札幌に帰って……と言うタイトルにしましたが、7月上旬にも帰っていますけどね!(苦笑)

今回は札幌にはフェリーで帰って、車が自由に使えるようにしました。

一番は、釧路や白糠に行ったことでしょうか。
自分が釧路を離れたのは22歳の時ですが、改めて帰って気づいたのは、14年もの年月が経ってしまったと言うこと。
皆さん、それだけ歳を取ったし、その間にも大事な人が亡くなっていると言うこと。
高校の同級生が既に2人(20代で一人、30代で一人)も亡くなっています。

さて、久々に釧路に帰ったら、やりたいことはいっぱいあったけど、残念ながら時間は有限。
その中で、久々に食べたのは、泉屋のスパゲティー!
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下の写真が「泉屋風スパゲティ」!
懐かしい味でした!

実家も札幌に移しましたし、釧路に行く機会は激減しましたが、また行く機会があったら、色々なところに行きたいですね!