”地上げの帝王” と言われた早坂太吉氏の元愛人 A.Yさんが
告発したもので、繁美さんが尾崎と結婚する以前の話
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・以下、どのサイトの情報かは忘れたけど、夫人から訴えられたジャーナリスト永島雪夫氏の著書にも同じような内容が記載されているので、ここに公開する事とした
記事では当時の同棲相手K氏、親友のA子と3人で早坂氏から金を引き出そうと画策したことや、京都旅行の一件が暴露されている。
一方、女性誌が報じた内容は、繁美さんがかつて、ある会社社長と月50万円で愛人契約を結んでいたというショッキングな話題。
しかもタイ旅行に同伴し、ヘロインを満喫したと言うから穏やかではない。
本誌は愛人契約説を囁かれたH氏と会い、醜聞の真相を聞いた。
H氏は後に繁美さんが尾崎夫人になっていたことさえ知らなかったという。
一回り以上年の離れた2人の出会いは85年の初夏。
当時の繁美さんはまだ17才、
都立高校の3年生だった。
学生時代の友人がディスコ通いをしていて 『面白い遊びがあるから』と誘われて、青山にあるディスコのVIPルームに行ったら、繁美さんと親友のA子さんがいて紹介されたんです。
友人の話では彼女、中3頃からディスコ通いをしてたのらしいですが・・・」
当時社長で「金にも女にも不自由してなかった」妻子持ちのH氏が語る。
「取り巻きみたいな女性が大勢いましたから。なかでも幼かった一人ですよね。
向こうのほうが興味を持ったみたいで、一方的に憧れて僕との関係に入り込んできたんですよ」
やがて週1のペースで逢瀬を重ね、関係を深める2人。
H氏の弁明とは少し違い、繁美さんは大勢の取り巻きの中で特別な存在に昇格したようである
問題の月50万円契約はあったのか?
「お金を渡したことはないし、要求されたこともないですね。金品の類は一切なし。
当然ホテル代や食事代は僕が出して、1回10万円程度。それを”愛人関係”というんなら、そうかもしれませんが。
彼女にはっきり言ってましたから。
”2人で接点がある時だけ楽しくしようね。
それ以外で僕は君を監視しないから、僕にも干渉しないでくれ”ってね
繁美さんも繁美さんで「彼氏」の存在を明かしていたという。
打ち明けて言うには「土・日は彼といるから。あなたにも奥さんがいて、奥さんのトコに帰るでしょ。私に彼氏がいてどうしていけないの」
大人びた割り切り方だ。
相手の私生活も問わないH氏。
知人からの伝言では繁美さんの彼氏は、「バーテンダー」だったという。
再び回想。
「いい娘の反面、彼女は贅沢が好き。必ず某ホテルのスイートルームを取ってくれ、とリクエストしてきました。で趣味はマッサージ(笑) マッサージのおばさんを呼んで、してもらうんです
僕は脇で”面白い、変わった娘だなぁ”って思ってました」
タイ旅行は繁美さんの高3の夏休み。
H氏の知人のS氏、繁美さんの親友のA子さんと友人のB子さんの計5名で日本を出発し、現地でH氏の会社関係者が合流したという。
「高校生の思い出に」と「エコノミーのパックツアー」をS氏と折半で奮発したH氏。
3組の男女はパタヤビーチの最高級ホテルのスイートルームでバカンスを堪能した。
「麻薬ですか?だって想像してくださいよ。3対3でガチャガチャ騒いで、ご飯食べたりしただけなんですから。そんなこと全然。タイの厳しい法律、知ってますし。麻薬のマの字も、覚醒剤のカの字も出ないですね。
寝る時は野郎同士はイヤだから、それぞれが別の部屋で寝ましたが・・・」
H氏との半年間の愛人関係を終えた翌86年5月
高卒直後の繁美さんは尾崎豊と巡り会った...
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林真理子著のアッコちゃんの時代にも同様の事が書かれていて
夫人が尾崎に出会う前の生き方なるものが想像できる
バブル景気の真っ只中、金持ちゲット作戦と称して成金に近づき対価を得る
そのような行為を高校生の時からおそらく何の躊躇もなく遊び感覚でやり切る胆力を持ち合わせていた夫人
ある意味この一点突破、一気通貫的な姿勢は尾崎と似ていた、と言えなくもない?!



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