長門有希は電気羊の夢を見るか…… | 長門有希の失望

長門有希は電気羊の夢を見るか……

長門有希の失望


 SFで忘れられない2冊といえばやはり、ブライアン・W・オールデイズの「地球の長い午後 The Long Afternoon of Earth」と「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? Do Androids Dream of Electric Sheep?,」 はフィリップ・K・ディック

 2冊ともニュー・ウェーブな小説でした。当時はねwでも、今でも色褪せず間違いなく傑作です。

 特にアンドロイドのほうは映画「ブレード・ランナー」の原作短編小説だったから、これで一躍ディックの名が知れ渡りました。

 前者は核戦争で崩壊し、自転を止めた未来の地球が舞台です。めくるめくイマジネーションの飛翔に圧倒されます。 地球と月に張り巡らした糸で行き来する巨大な蜘蛛とか出てきたり、まあ、ナウシカの世界観に近いかな、
ナウシカの世界観ってこの長い午後とデューン砂の惑星を足したような感じですもんねw
後者は人造人間(レプリカント)を狩る賞金稼ぎのデッカードのお話、酸性雨が絶え間なく降り続ける確か第三次世界大戦後、近未来のCISCOが舞台でした。

 さてそれはさておき、長門って情報思念体によって作り出された人造人間ですよねぇ、で、夢を見るかって話なんですが、人間と変わらないアンドロイドって夢を見るんでしょうか、そして、長門は人工知能によって行動してるわけです。だから、記憶とか情報とかが肥大してくるとエラーが発生したりするわけです。プログラムにバグがあったりね、それが、けっこう「涼宮ハルヒ・シリーズ」では重要なネタだったりね。

 あくまでも、観察対象であるハルヒを思念体の思惑によって記録し、その行動の一部始終を報告する立場なわけです。もちろん、長門の非常事態のために、バックアップもいます、朝倉とか喜緑とかがそれですねw

創造主が人間ではなく実体を持たない思念の塊なんですから、お父さんもお母さんもいないwつまり、神などとは無縁である。
 だからね、神から一番遠いところにいるはずなんですよね長門って、で、その一番ちかいところに神であるハルヒがいるわけです。
 原作者が辻褄をあわせるために主人公は神でなければならなかった。
だって、そうでしょ、なにもかもが都合よく運びすぎてるんだもんw

 超能力者や未来人や宇宙人が西宮の公立の高校に一堂に会すんですよwそんな都合のいい話、神でも登場しなければありえないでしょw

 長門も結局このツンとデレってかキョンの前ではほとんどツンですが、何か?躁と欝の塊みたいなハルヒに振り回されるわけです。振り回されなければならない立場なんですがねw ハルヒを中心にしてるんだけれど、ドタバタの彼方にハルヒはいて、振り回されるのは、キョンを含めたSOS団の4人なわけです。

 で、振り出しに戻って長門です。

 地球に送り出された3年間つうことは、中学1年生、13歳でこの世界に出現し、それ以来ずっとハルヒを観察しつづけているわけで、でも中学は一緒じゃないよね!? あるいは、情報の操作にたけたこの長門なる口数の極端に少ない文学少女的宇宙人は果して、夢を見るんでしょうかねぇw

長門のほんとは、この銀河を統括する「情報統合思念体」によって作られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インター・フェイスなんですよw長門自身の説明によるとですね……
 ってことは 人造人間? アンドロイド? ヒューマノイドって? で、前述の疑問に戻る。電気羊の夢を見るの? 「やれやれ」